急・ほしを継ぐもの/護るもの
第29話
スタアシップには今、ロシュアとあたし、そしてクルが乗っている──。
*
イリューアからの魂を本体に還す。
それがあたしたちの新しい目的になった。
イリューアは本来の姿を取り戻したら、さらにロシュアと協力して、はじまりのドラゴンの真の目的を突き止めるのが目的だ──ロシュアはそう語った。
ロシュアの指揮のもと、目的に向かっての準備に取りかかる。当然その間にも本国からの修正の指令が止まるものではなく、修正と準備を同時進行。かつ、準備については決して本国に気取られることのないよう──という状況で、いつも神経がひりひりするようだった。
準備の合間の修正から戻ったイーシンは、どこか不機嫌そうな顔をしていた。
「なんか──イリューアの気持ちが、解るような気がするよ。はじまりのドラゴンの本当の目的って、きっと他にあるんだろうな」
ぽそりと漏らされたイーシンの言葉にクルが反応した。
「どういう意味?」
「ああ。オレは長らく、宇宙の平和とそこに住まうドラゴンとニンゲンを守るための修正だと信じていたけど──、ここ何件ものやり方、単純に取捨選択をするためにしか思えなくなってきた」
「取捨選択?」
重ねてクルが問う。イーシンが頷く。
「人語を解するドラゴンはもう、本国とその周辺に位置するコロニー以外にはほとんど存在していない。これまでのやり方での統治と維持はどう考えたって難しい。じゃあどうするか。簡単だ。統治や維持が難しいと判断されたコロニーは──」
イーシンは最後まではっきりと口にしなかった。でも言いたいことは解った。最初から、一番の目的は助けることじゃなかった──ってことだね。
「……そんなカオするなよ、クル。少なくともおまえは、人語を解する貴重な若い雄ドラゴンだ。本国も悪いようにはしないさ」
イーシンはしゃがみこんで、クルの頭を撫でた。クルの体長はすっかり長く? なって、きっとイーシンの身長よりもずいぶん長くなってるのに、そうして頭を撫でられる様子は、まだまだあどけなく感じる。ちっちゃい頃のクルを知ってるからそう思うのかもしれない。
「子機のプログラムで聞きたいことがあるんだけど──ああ、よかった、戻ってたんだね、イーシン」
ウユラがひょっこり顔を出した。子機──というのは、スタアシップに搭載されている小型の宇宙船だ。スタアシップはドラゴンが難なく乗れる作りになっているので、当然、めちゃくちゃ大きい。もしかしたらウユラが住んでいたお屋敷よりも大きいかもしれない。大きいからこそ小回りは利かず、スタアシップでは不都合な場合には、子機を使うのだそうだ。子機を使うことは滅多にないからこそ、日常的なメンテナンスはしっかりおこなっている、とのことではあるけれど、今回はかなりの長距離航行になるから、入念な準備が必要なのだそうだ。その準備は主にイーシンが受け持ってて、ウユラはそのお手伝いをしている。子機の定員はニンゲンのおとなで三人。飲料食料最低限の日用品を積んで、およそ十五日程度、補給なしでの航行は可能とのことなんだけど、ここにきて重大な問題が生じてしまった。
クルが大きくなってしまったこと、だ。
もう少し早い段階なら、クルも一緒に乗れた。今でもぎりぎり。でもクルの成長は目覚ましく、もしかすると例のコロニーに到着するまでに、子機に収まりきらない可能性が出てきたのだ。ウユラもクルもお互いに一緒に行くことを望んだけれど、こればかりはどうしようもなく──結果クルは、スタアシップでロシュアとあたしと行動を共にすることになった。
準備が完了するまでの十日あまり(標準時換算)が、驚くほど長かった。
いよいよ明日、子機の射出をおこなうことになって、スタアシップは最大推進力で例のコロニーにできるだけ近づいているところだ。必要と思われる打ち合わせも終わって、あとは自室でゆっくり休むように言われているくせに、ウユラはなかなかダイニングから出ていこうとしなかった。ほんとうは、休んだら、とか、休もうよ、って言わなくちゃいけないんだろうけど、言えなかった。気を紛らわしたくて話したいのに、何を口に出してもこの先のことになっちゃうだろうし、余計に不安が膨らむだけのようにも思える。あたしたちはお互いに、ただ黙りこくったままで、隣同士に並んだ椅子に座っていた。とは言え──ただ椅子に座っているのもなんだか疲れちゃうし、連日頭を使っているせいか、眠いことは眠い。勝手に大きな欠伸が出て、それがウユラにばれた。ぷっと小さくウユラが吹き出す。
「今ので、あぁ眠かったんだーって思い出しちゃった」
言いながらウユラは、テーブルの上に腕を伸ばして、そのままずるずると上半身を倒す。
「部屋に戻るのめんどくさい。ここでこのまま寝ちゃだめかなあ?」
こんなところで寝たって身体が休まらないじゃん。
「身体はね。でも気持ちは安らぐよ?」
それはまあ、解る。あたしだってウユラと一緒に居る方が落ち着くし。
「一緒に休めるならいいのになあ。さすがにそうもいかないしなあ」
どきっとした。本当にウユラなの? あたしの視線に気がついたのか、テーブルに倒れたままでウユラはあたしに顔を向けた。よかった、ちゃんとウユラだ。いやよくない。心臓に悪い。
「そういえばさ、こうして旅? をするようになって、もうずいぶん経っちゃって、実際にどれくらいの月日が経ったのかも解んないけど」
そこでウユラはちょっと言葉を切った。標準時間、という時間が、あたしたちに馴染んでいた時間とどれくらいの違いがあるのか、今でもあたしは把握できていない。ウユラは計算方法を教わったみたいだけど、そのときにはもう『あたしたちが馴染んだ時間』を正確に計測できなくなっていて、だから結局、実際に経った月日がどれくらいになるのかは、おおよそしか解らない。
「九の月が終わったのは間違いない。こんなことになってなかったら、髪削ぎを見られたんだよね。見てみたかったなあ」
髪削ぎ。そうかあたしももう、おとな、なのか。
「もし今髪削ぎをするなら、どっちの衣装を選ぶ?」
ウユラに聞かれて考えた。髪削ぎは、あたしたちの集落での成人の儀式で、十五になったら受けることになっている。衣装は白と黒の二種類があって、白は袖や裾が少し長い、ゆったりとした形で、黒は逆に、袖は短め、体型に沿ってちょっとぴったりした形で、好きな方を選べた。「おとな」として選択すること、それには責任を伴うことを体験する、という意味があるんだそうだ。
「どっちも似合いそうだよね。あーでも黒だと細すぎで貧相になっちゃうかなあ」
ウユラが笑う。こんなに楽しそうに笑うウユラは久しぶりだった。
「貧相って。もっとほかに言い方あると思うんだけど」
「うーん、じゃあ──スレンダー?」
それも意味が解んない。
「しゅっと細くてかっこいいって意味」
ほんとに? 聞くとウユラはうん、と答えた。
「ね、まだ髪は削がないの?」
言われて考えた。もう髪を削いでもいいのか。いや本来なら削がなきゃならない、なんだけど、近くに削いでくれるおとながいない。
「おとなならいるじゃん」
「まさかイーシン? えー、イーシンに髪を削がれるのはやだなあ」
あたしの答えにウユラはまた笑う。
「それってちょっと失礼じゃない。でもそうじゃなくて」
──あ。そっか。ウユラ。
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