第27話
『ウユラ。おまえの魂のやさしさに触れてオレは──ここにきてようやく目指すべき道を見つけることができた。もう一度レイに施した結晶を封印して、オレはウユラの中にいて、何もかもを見なかったことにして、知らんぷりすることだってできるんだろうな、とは考えた。だけどそれは──たぶん、正しくない。オレが本体に戻ったところで何もできないかもしれない。協力を仰ぐことで、ウユラにとんでもない迷惑をかけることになるのは間違いないし、レイはもしかしなくても、危険な目に遇う可能性がめちゃくちゃ高い。だけどオレは、どうしても、本当のことを知りたいし正しい道を進みたい。だから──オレの我儘でごめん、なんだけど──ウユラとレイには、オレの行動を見届けてほしい。これからの世界を担う世代の、ひとりとして』
イリューアが深く頭を下げて、その姿のままでイリューアの動きは止まった。それを待っていたかのようにロシュアは光を消した。
「……イリューア様からの言葉は以上だ。儂からもウユラとレイに協力を申し出る。この通りだ、イリューア様の策に乗ってはもらえまいか」
ロシュアもまた、深々と頭を下げた。ウユラの様子を伺うと、目を伏せてじいっと考え込んでいるのがよく解った。
「……イリューアは、直接話すことができないから、こういう形で自分の気持ちを伝えてくれたってことだよね?」
ロシュアが頷く。続けてウユラはあたしを見た。
「どうしたらいいと、思う?」
どうしてそれを──あたしに、聞く? ウユラは自分の胸に手を当てて、うっすら微笑んだ。
「イリューアの魂はボクの魂に呼ばれたから、ここに居るわけ、でしょ? ちっとも覚えてないけど。でも、呼んだ以上は──元に戻るまで見届けるべき、って気がするんだよね」
すごくウユラらしくて、それでいてウユラらしくない返事だ。
「だからね。協力するのは全然、構わないしむしろそうしたい、と思う。でもそうすると──しばらくボクたち、別行動になるってことだよね。それがすごく──心配。だって物心ついた頃から今の今まで、ずうっと側にいて、離れることがあるなんて、考えたことも、なかったし」
ウユラは微笑みを崩さなかった。どうして微笑んでいられるんだ。前のウユラならこんなことを言われようものなら、ぐずぐず泣きながら「そんなのやだよう」とか言ったはず。あれこれ勉強もして、成長した──ってことなんだろうか。
「あとはレイ次第だよね?」
その場の全員の視線が、あたしに集中した。あたしは自分の左手を見下ろしていた。こういう形でイリューアが言葉──思いを語ったのは、ウユラに直接伝えるため。それは解っていた。内容はおおよそ、ロシュアを通じて聞かされていたものと同じ。この『ご意向』に対してどうするつもりか、ってことも、何度かロシュアに聞かれていたし。イリューアはここに埋め込まれた結晶から、このやりとりの様子を感じ取ってて、伝わってるんだろうってことも、解る。解るけど──釈然としない。
「……イリューアと直接、ちゃんと話したい──、って思うのは、あたしの我儘かな?」
特定の誰かに対して問いかけた訳ではなかった。強いていうなら、あたし自身への問いかけだ。
「我儘──って思われてもいいや。イリューアの提案に乗るってことは──あたし自身も危ない目に遇う可能性があるってことだし」
それからあたしは、ウユラを見つめた。
「……ごめん、ウユラ」
ウユラは目を伏せるとそっと首を振る。あたしはウユラの首に両腕を回して──そして。
心に強く、念じた。
アンタの気持ちを──想いを、直接聞きたい。だから──会いに来い、イリューア。
ウユラの身体が小刻みに震えた。ウユラの手があたしの背を撫でた。その感触でもう、そこにいるのがイリューアだって解った。解っててすぐには動けなかった。
「………………」
イリューアも何も言わない。どのくらいイリューアに抱きついていたのか。口を開いたのはイリューアが先だった。
「──何を聞きたい?」
何を? 何もかも、だ。だけどそんな時間はきっとない。
「………………さっきの。アンタの言葉や思いに嘘はないってことは、ちゃんと解ってるつもり。ウユラにそれを直接伝えるには、こういう方法しかなかったって、ことも」
そこでようやくあたしはイリューアの首に廻していた両腕をほどいた。でもイリューアが離してくれず、なんならいっそう強くあたしを抱き締めた。爪の先がちょっと背中に食い込んだ。
「解ってくれたならそれでいい。もうオレに言うことはない」
イリューアの口調はやさしい。なんてことだ。
「もし──もしあたしが、嫌だ、って言ったら?」
「諦める」
あまりの即答っぷりに次の言葉が続かなかった、
「オレの考えた策でいちばん危険な目に遇う確率が高いのはオマエだし、オレが側にいて護ることもできないし。オレにとってはオマエ以上に大事なヤツはいないから、オマエが最優先だ」
これはほんとうにイリューアなんだろうか。両手でイリューアの肩を掴んでどうにか少し身を引いて、その顔を──瞳を見た。透き通るような銀色の瞳が、じっとこっちを見ていた。
「何だよ? ちゃんとオレだろ?」
ちょっと笑った口元に尖った犬歯が覗いている。イリューアはそのまま左手であたしの頭を抱き寄せたので、またしてもぴとっとくっついてしまった。
「いっそオレの魂が、ウユラの魂と融け合えるならいいのにな」
イリューアの囁きにぎょっとする。そんなのやだ。困る。
「困る? そうか? それはそれで楽しそうじゃん?」
イリューアが笑う。なんかこういうの、ずっと前から何度も繰り返してきたような。そこまで考えて、あ、っと思った。子どもの頃の悪戯。今にして思えばあれは、ほとんどイリューアと一緒にやった悪戯だった。あの頃は平和だったな。まさかこんなことがあたしの身に起こるなんて、どうして想像できただろう。もしイリューアがいなかったとしたら、あたしはあのころにーと一緒に、なかったこと、にされていたかもしれなくて、そういう意味ではイリューアがあたしを助けてくれたと言えなくもない。ここで協力しないとか言ったら、あたし、嫌なヤツだしニンゲンとして最低な気もする。イリューアを相手にするとどうしてこう、あたしは素直になれないんだ。
「オレのことが好きだから?」
イリューアが言った。頭がかっと熱くなる。
「まさか!! そんな訳ないし!!」
咄嗟に言い返すと、イリューアはまた楽しそうに笑う。
「照れ隠し? 可愛いよなあそういうとこ」
いやだからそういうんじゃないのに。ひとしきり笑ったあとでイリューアは、乱れた呼吸を整えるように、数回、深呼吸をした。
「ごめん、ちょっともう時間がやばそうだから、これだけ言っとく」
なんだろう。先を待つ。
「オレね、初めてオマエの魂に触れたとき、すっげービックリしたんだ。こんなに純粋で強くて、それでもってうつくしい魂を持ったニンゲンが存在するんだなって。きっとこれって、一目惚れ、って言うんじゃね? オレにはニンゲンのガワの美醜は解らんけど、オマエの魂のうつくしさは超一級品で、間違いなくオレの魂なんかより、ずっとずうっと、うつくしい。その魂をオレの側に置いておこうと思ったら──番にするくらいしか思い浮かばなくてさ。もしその魂が今生を終えて、次の、そのまた次の、次の次の次の──とにかく、どれほどの時を隔てたとしても、オマエの魂が生を受けたらそのときには、絶対にまた巡り会いたかった。言っただろ? 互いの肉体を死が別つとも、永遠にオレの魂は、オマエの魂と共に在ることを誓う──って」
全然想像ができない。規模が大きすぎて。左手が熱い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます