第26話
「おまえは一瞬でオレの魂の結晶に気づいたが、それってやっぱり、物理的な距離が近かったせい?」
「ええ、そうでしょうな」
「じゃあ本国には今でも、オレを探している者がいると思うか?」
「いるでしょう、間違いなく。死亡報告がないのですから」
「オレの本体が隠されているコロニーまで、急いで向かったとしたらどれくらいかかりそう?」
「補給は最低限度に止め、かつ、最短の航路を進んでも標準時換算で二十日から三十日ほどかど」
「えーっとじゃあ……もし仮に、今この時点で本国にオレの件が報告されたとしたら、追手に捕まる前に例のコロニーに辿り着ける確率って何パーセントくらい?」
「どうでしょうな。計算をしてみたこともないが──追手の船の性能に依る、としか」
「なるほどな」
──そこでまたイリューアは瞳を閉じたままで、長らくじいっと考えたらしい。ようやく瞳を開いたイリューアの言葉は。
「オレに考えがある。これが成功するかどうかはアイツらがどこまで協力してくれるかにかかってるだろう。ロシュアに頼みがある。力を貸してほしい」
*
食卓の隅っこから、不思議な形の筒みたいなものが出てきて、まっしろな壁に光を当てた。だいにんぐには、今このすたあしっぷに載っている全員が集まっていた。
「これから皆に、見てほしいものがある」
ロシュアがその光を見るように促すから、あたしは素直に従った。そこにぱっとウユラ──ううん、これはイリューアだ──の姿が浮かび上がってぎょっとした。
「イリューア様のご意向を、皆に聞いてほしい」
ほどなく、光の中に写し出されたイリューアが喋りだした。
『私はイリューア。はじまりのドラゴンの息子である。何者かの謀により、私の身体はここより遠く離れた、辺境のコロニーに打ち捨てられていて、魂はこの場にいる──ウユラの肉体を仮初めの宿りとしている』
声はまるっきりウユラで、口調はいつものイリューアと全然違うから、ウユラでもイリューアでもない誰かがしゃべっているみたいで落ち着かない。
『ウユラ。キミは覚えていないだろうが、御霊剥がし、と呼ばれる術を施され、本体から引き離された私の魂をその身体に呼び込んだのは、キミの意思だと信じている。そしてもし、キミがそれを決断してくれていなければ──私の魂は拠り所を失い、とうに消えていただろう。それは心から、感謝している──』
自分なのに自分ではない誰かが、光の中で喋ってる。それはどんな気分だろう。イリューアの話の内容も気がかりだったけど、それ以上にウユラが気がかりだ。あたしは椅子をずらすと、ちょっとだけウユラに近づいて、それから手を伸ばしてウユラの左手を掴んだ。
『──っと。堅苦しいのはここまでな。疲れちゃうし時間もないし』
イリューアがにっとして、いつもの口調に戻る。
『これからオレが喋ることは、全部が『正しいこと』ではないだろう。今回の──ってざっくりまとめちゃっていいのかも解らんけど、とにかくいろんな事象がお互いに影響しあって、当然その中にはオレが把握してないことも含まれてて、なんつうかもうわちゃわちゃになっての──今、だからさ。たぶん、当事者であるオレがこんなふうにいっちゃあ元も子もない、って感じだろうけど──オレがまったく想像してなかった状況になってる部分もあって、だな。そこについてはマジで悪ぃと思ってる。特にウユラと──リオレイティスに対しては』
ウユラの肩がぴくっと揺れた。あたしはウユラの手の甲を撫でた。
『でもさ! かっこ悪ぃけど、言い訳もさせてほしい。御霊剥がしの術を施されて──そのまま魂が消えても不思議ではなかった。広い宇宙を魂だけで孤独に彷徨っていたのは実際にどれくらいの時間だったのか、正確なところは解らない。次第に遠くなっていく意識に呼び掛けてくれたのは、この世に生まれる前のウユラの魂だし、このままの状況で生きていくのもまあ悪くないのかって思わせてくれたのはレイの存在があったからでも、あって』
そこでイリューアが俯いた。しばらく無言が続いて、ぱっと顔をあげた。
『あ──っと、悪ぃ、どこまで──ああ、そうそう。レイに秘事を施した件については、申し訳ないけど、仕方がなかった、と思ってほしい。あのとき、長老たちはとっくにあのコロニーが、本国から見捨てられたことには気づいていた。まだクルナルディクが生まれる前で──ウユラとレイの行く末を案じていた。オレの魂が入っているウユラの肉体は、コロニーそのものが消滅するような事態に陥っても、どうにかオレが護れるだろうとは思ったけど、レイまで護れるか自信がなくて──秘事を施したら護れるんじゃないか、って考えた。浅はかだよな。だけど──本体のない場所でオレができることって、それくらいしかなくてさあ』
──ちくちく胸が痛い気がするのはどうしてだろう。光の中にいるイリューアが、イリューアなのにイリューアじゃないみたいだからだろうか。ウユラはじいっと、イリューアの言葉に耳を傾けているみたいだ。
『ほんとマジでただの言い訳でしかないけど──オレが二人を護りたかったのはほんとだ。順序が逆じゃねって言われたら返す言葉もないけど、レイのことも、ちゃんと──』
──大事だ──、光の中にいるイリューアの瞳は真剣そのもので、それは信じてあげてもいいように思った。
『──ただそこで誤算だったのは、レイに埋めた魂の欠片の結晶が、どうやらオレを探しているらしい誰かに検知されてしまったこと。どういうからくりかは解んないけど、オレの魂に干渉する何かが行われたんだろう。レイの左手に埋めた結晶が熱を放って──放っておいたらレイの命はないことは明白だった。だからオレは、その結晶が外から検知されないように封じた。
ここまでの流れは──理解はしてくれなくても、把握はしてもらえた?』
光の中のイリューアが軽く首を傾げて、そのままぴたりと動きを止めた。
「──全部が全部、理解不能って訳じゃなくて安心したわ」
イーシンが呟く。それを受けてロシュアがぐるりとだいにんぐを見回す。
「イリューア様の孤独を理解してほしいというものではない。イリューア様が把握していることを我らと共有したうえで──これからが本題だ」
イリューアが再び動き出した。あたしがたぶれっとで見ている、動く絵本と似たような仕組みっぽい。
『クルナルディクに指摘されて、すぐに本当のことを言えなかったのは──オレの中でも何か本当なのか確証がなかったからだ。ロシュアとイーシンが本国の命であのコロニーにやって来たのは、ただの偶然だったんだろう。久しぶりに表に出てみたら覚えのある気配を感じて、最初はオレが狙いなのかとヒヤヒヤしたし』
そこでイリューアは言葉を切って、瞼を閉じた。初めてロシュアと対面したときのことを思い返しているみたい。ゆっくり瞼を開いてイリューアは先を続けた。
『今でも、何が本当で何が正しいのか、何も解らない。だからオレは──それを確かめようと思う。そのためにはやっぱりオレは、なんとしても本体に戻る必要がある。そしてそのためには──皆に協力してほしい』
だいにんぐの空気が張りつめた。
『レイに施した封印を解いたことで、レイの掌にある魂の結晶が『イリューアの魂』だと検知される状態に戻っているはずだ。それを隠れ蓑にしてオレは、本体のあるコロニーを目指す。オレが無事に本体に戻れるよう──協力してほしいんだ』
イリューアの銀色の瞳には、強い光が宿っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます