第25話

 ヘンイをシュウセイしながらの旅は続く。その間あたしはイリューアとはほとんど顔を合わせなかった。ただイリューアはウユラが深く眠っている間に、時折表に出て来て、ロシュアとクルと話し合いを続けているようだった。主にロシュアが、イリューアの考えや意向をあたしに伝えてくれた。

 イリューアがやった数々の『勝手』についても。

「──お主を気に入り『番』に、と決めたことには一片の後悔もないと──イリューア様はそう仰っている」

 ただ『番』に、と思った理由については「もったいないから言わない」と言い張って明かさないらしい。

「キミを『番』に決めて秘事を施したあと──キミは一度死にかけたらしいんだけど、覚えてる?」

 クルに聞かれたけど、そんな覚えはちっともなかった。

「イリューア様が言うには、キミの内にある結晶の存在が検知されたせいじゃないかって」

 検知? 誰に?

「イリューア様の存在を疎ましく思うものに、だろうな」

 ロシュアの答えにさらに疑問が浮かぶ。

「イリューアの存在は、本国ってところにも知られてないんじゃなかったの?」

「知られてはいまい。だが、イリューア様を探しているものがいても不思議はなかろう、本国では消息不明とされているのだから」

 イリューアの魂を本体から抜いたのは、イリューアとロシュアの話から、ガルヴィウルスだってことは解っている。だけどガルヴィウルスがそれをおこなった理由もはっきり解ってなくて、だからイリューアが生きていたら困る存在がいるって話にも納得はいった。だって生きててほしいなら、そんなまどろっこしいことをせず、さっさとイリューアの魂を探し出して本体に戻せばいいんだから。

「きっとその何者か、は、キミの内にある結晶をイリューア様そのものと検知して、それを消そうとしたんだろうって。だからイリューア様は、キミの内にある結晶を封じた。結晶に関する記憶が飛んだのは、その副作用だろう、ってさ。まさかそんな結晶までも検知されたのは誤算だった──そう言ってたよ」

 おおよその話は理解できた。

「──でも、あたし、イリューア──ってまだその頃はもうひとりのウユラって感じだったけど──、イリューアのこと全部忘れた訳じゃなかったよ? それは?」

「大方結晶に関わる部分の記憶だけが影響を受けたのだろう。封印を解いた今、もし戻らない記憶があるとするのなら、それはもう残念ながら二度と戻らないだろう、とのことだった」

 そういえばイリューアもそんなことを言ってたような言ってないような。

「頭痛い──」

 ため息混じりに呟いて、だいにんぐの食卓に突っ伏していた。

「特別講義は順調?」

 からかうような調子のウユラの声が聞こえた。あたしは食卓に突っ伏したままで返事もしなかった。ウユラはあたしがクルと一緒に、ロシュアから特別講義を受けているものと思い込んでいる。ウユラの精神衛生上、できるだけイリューアの話は耳に入れたくない──クルの意向で、イリューアの話はウユラの不在を狙って、大抵はだいにんぐでしていた。

「何度でも言うけど、僕にとって大事なのはイリューア様じゃなくてウユラだから」

 ロシュアはクルの言い分もすんなり受け入れた。

「老い先短い儂が年若いクルナルディクの言に従うのは道理だろう」

 ロシュアはそんなふうに言ったけど、あたしの目には孫の我儘をにこにこ受け入れるおじいちゃんにしか見えない。

「その様子だと、また何か難題にでもぶつかった?」

 あたしの頭に触れた手は間違いなくウユラの手だ。見なくても解る。

「もう難題だらけだよ」

 ひとしきりあたしを撫でる手の動きが止まったところで、あたしはちょっと目を上げた。生まれ育ったころにーを離れてどれくらいの月日が経ったのか、ウユラはあたしより頭ひとつ分は背が高くなった。すたあしっぷの一隅に設けられたとれーにんぐるーむで、機械の上を走ったり重たいものを持ち上げたりする時間が増えた。その間にあたしたちはこうしてこそこそイリューアの話をする。心が痛まないと言ったら嘘だ。だけど、イリューアの話をしているときのウユラは、まるで深い水底にでも沈んでしまったようにすんとしてしまうから、だから、仕方ないんだ、と、自分に言い聞かせていた。

「トレーニングは順調?」

 クルに水を向けられて、ウユラはうん、と頷いた。

「プログラム通りにすすめてるだけだから。もうちょっと負荷をかけてもらってもいいように感じるんだけど、そもそもトレーニングなんてしてこなかったから、よく解んなくて」

「おし、じゃあちょっと見てやるよ」

 いつの間にかだいにんぐに姿を見せていたイーシンが割り込んできた。ウユラは水分を補給するとイーシンとクルと一緒にとれーにんぐるーむに戻ってしまった。

「……それで、イリューア様の意向にはどう応えるつもりだ」

 ロシュアに問われてますます頭を抱える。あたしをどうにか巻き込むまいと心を砕いていた(らしい)イリューアが、その考えを変えた理由は聞いた。イリューアの勝手であたしを『番』に決めて秘事を施した時点でもう、がっつりごりごりに巻き込んでるじゃん──そうクルに指摘されたから。

「秘事を施す前には、どうやったって還れないんでしょ。だったら覚悟を決めるしかないじゃん。それともなに、そういう覚悟もなくただ思い付きで、秘事を施したの?」

 クルにそう詰め寄られて、あのイリューアが黙り込んだんだって。信じられない。ようやく口を開いたイリューアは、ロシュアとこんな問答をしたそうだ──


「おまえは一瞬でオレの魂の結晶に気づいたが、それってやっぱり、物理的な距離が近かったせい?」

「ええ、そうでしょうな」

「じゃあ本国には今でも、オレを探している者がいると思うか?」

「いるでしょう、間違いなく。死亡報告がないのですから」

「オレの本体が隠されているコロニーまで、急いで向かったとしたらどれくらいかかりそう?」

「補給は最低限度に止め、かつ、最短の航路を進んでも標準時換算で二十日から三十日ほどかど」

「えーっとじゃあ……もし仮に、今この時点で本国にオレの件が報告されたとしたら、追手に捕まる前に例のコロニーに辿り着ける確率って何パーセントくらい?」

「どうでしょうな。計算をしてみたこともないが──追手の船の性能に依る、としか」

「なるほどな」

 

 ──そこでまたイリューアは瞳を閉じたままで、長らくじいっと考えたらしい。ようやく瞳を開いたイリューアの言葉は。

「オレに考えがある。これが成功するかどうかはアイツらがどこまで協力してくれるかにかかってるだろう。ロシュアに頼みがある。力を貸してほしい」

「……それで、イリューア様の意向にはどう応えるつもりだ」

 ロシュアに問われてますます頭を抱える。あたしをどうにか巻き込むまいと心を砕いていた(らしい)イリューアが、その考えを変えた理由は聞いた。イリューアの勝手であたしを『番』に決めて秘事を施した時点でもう、がっつりごりごりに巻き込んでるじゃん──そうクルに指摘されたから。

「秘事を施す前には、どうやったって還れないんでしょ。だったら覚悟を決めるしかないじゃん。それともなに、そういう覚悟もなくただ思い付きで、秘事を施したの?」

 クルにそう詰め寄られて、あのイリューアが黙り込んだんだって。信じられない。ようやく口を開いたイリューアは、ロシュアとこんな問答をしたそうだ──

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