第24話
*
すたあしっぷの窓から、遠ざかるころにーを眺めていた。
イーシンが本国の誰だかに楯突いていた、件のころにー。
そのころにーは今、真っ白な煙みたいなものに包まれて、ぐるぐる回っているように見える。本来のキドウを外されたころにーは外宇宙に放り出されるんだって。そして、なかったこと、にされるのだ。あたしが生まれたころにーみたいに。
このころにーが、なかったこと、にされる理由は、ヘンイをシュウセイするため。ここで起こったヘンイはカンセンショウ。とは言っても珍しいカンセンショウじゃないから、どのころにーでも大体誰も彼も、ドラゴンとニンゲンの区別なく等しくカンセンする。けれど、コウタイができれば二度とカンセンしないし、そのカンセンショウそのものが原因で命を落とすようなことも滅多にない。ロシュアとイーシンが説明してくれたことが、頭の中をぐるぐるしていた。あたしの頭の回転がよろしくないせいなのは自覚してるけど、それにしても、要するにその、誰でも罹るけど勝手に治る病気? のせいで、このころにーそのものがなかったことにされるのが理解できなくて。
「どうしてそれがヘンイなの?」
尋ねるとイーシンが答えをくれた。
「ここ数年の間、例のコロニーである特定の条件において、この感染症に罹ったドラゴンが命を落とす事例が報告されている。コロニーの管理者に調査を命じたが原因の究明には至らず、ついに本国はこれを変異と認定するに至った。修正の方法は、感染症の原因であるウィルスを消滅させること」
イーシンは真面目な──というか、努めて表情を変えないようにしているように見えた。
「えっと……、頭悪くてごめんなんだけど、そのうぃーるす、って簡単に消滅させられるの? 消滅させられるなら、その病気に罹るドラゴンもニンゲンもいなくなるんじゃ?」
イーシンがすうっとあたしから視線を逸らした。ウユラはじっと手元のたぶれっとに視線を落として顔を上げない。ロシュアはさっき本国からの通信がどうとか言って出ていった。
「うん。だからね。あのコロニーは外宇宙に追放されるんだ」
クルの口調はいやに落ち着いているように聞こえた。クルに視線を向けると、クルは続けた。
「外宇宙に追放したあと、安全な距離が確保できたら爆破でもするのが確実なんだろうけど、そうするとウィルスが外宇宙とはいえ宇宙空間に撒き散らされることになるでしょ。考えようによっては、僕らがいたコロニーへの処遇の方が、幸せかもしれないね」
クルは淡々としていた。ようやくあたしにも理解できた。
「あのころにーで生きているドラゴンやニンゲンは、助けないの?」
「助けない。助けられないでしょ。仮に症状がなくったってウィルスに感染しているまたは感染した可能性が高いし、そうしたらウィルスを消滅させることにならないじゃん」
クルにそこまで説明してもらって初めて、イーシンが本国とやらに楯突いた理由も理解した。ドラゴンやニンゲンを助ける方法を模索もせず、修正の名の元に切り捨てるやり方が、イーシンには許せなかったんだろう。小さく遠くなるころにーの姿を目と脳裏に焼き付けるように、窓におでこをくっつけて見つめていた。
「あとで窓拭きしなくちゃね……」
ウユラの呟きがあたしを現実に引き戻した。気がつくとウユラもあたしと同じように窓におでこをくっつけていた。
「──────」
素直にうん、と言えばいいのに言えずにいた。
このところイリューアがちっとも表に出てこないから、あたしは苛々している。頭の中では、ウユラにぶつけたってしょうがないことが解っているのに、その中で呑気に眠っているのかと思ったら苛々が抑えられないのだ。だってイリューアのせいであたしは、やりたくもない勉強をやらされて、考えたくもないことを考えさせられて。
「おそらく、封じていた記憶を戻したのも、それが目的であろう。そこな結晶を通じ状況の把握が可能となれば、以前ほど頻繁に表に出てくる必要もないであろうからな」
これはロシュアの言。
「今のところ、イリューアがいないとどうこうって事態にも陥っていないし、できるならその『本体』に合流するまでは、静かに眠っててほしいよね」
こっちはイーシン。
「会いたいなら呼べば? ちょっとくらいならいいんじゃない?」
そしてこれがクルの意見。別に会いたい訳じゃない。ただ、番がどうのって話については、ある意味あたしも当事者ってやつだから、もうちょっとちゃんと説明する義務があると思うんだよねイリューアにはさ。なのにだんまりなんてずるいじゃん。それに。
どうしてあたしが、イリューアに『会いたい』って思わなくちゃならないのさ。
ころにーはどんどん遠ざかって、もう肉眼で見分けるのは難しくなった。そっと窓から額を離す。ウユラはまだ、窓に額と両手をくっつけたままだった。振り向きもせずにウユラは口を開いた。
「正直言って、どうしてそんなにイライラしてるのか解ってあげられないけど。でも、なんだろ、話すことで楽になったり、せめて気が紛れたりするなら、何でも話してよ。ずっとずっと、助けてもらってきたからさ、助けたいし──」
ウユラは窓を引っ掻くみたいに指を立てた。血の気が失せた白っぽい指先を、ぎゅっと手の中に握り込んで、ウユラは、ぱっとあたしを振り返った。
「力になりたい。護りたい」
その直後、ウユラに抱き締められていた。心臓がぎゅっとする。ウユラはどんどん変わっていく。ウユラに取り残されるようで寂しい反面、もしかしたらもうちょっとウユラを頼っても許されるのかもしれない、そんなことを考えた。どうしてだろう、上手に息が吸えないような感じがして、まるで息継ぎをするみたいに天井を仰いだ。そうっと包むようにウユラの背に両腕を廻す。やっぱりウユラの身体は一回り大きくなった気がする。思わずくすっと小さな笑いが漏れた。
「どうして笑うのさ?」
ちょっと怒ったような言い方が変わってなくてほっとした。ウユラの上衣をぎゅうと掴む。
「ロシュアとイーシンに会って、ウユラがどんどん変わっちゃって寂しいって思ってた。でも、変わってないところもあって、安心した」
「……そんなに変わったかな?」
「変わったよ。あたしは前のウユラも今のウユラも好き」
あたしが言うと、あたしを抱き締める腕に力が籠った。
「ねえ──あのね、ウユラ」
息を吸う。
「この先どんなことがあっても、あたしはウユラが好きだからね。ちゃんと覚えててね?」
自分でもどうしてそんなことを言ったのか。でも言わなくちゃならないと思った。想いは言葉にしないと伝わらないから。
「どうしたの急に?」
ウユラの疑問ももっともだ。それからウユラは。
「そんなこと今さら言われなくても解ってる。大好き。ありがとう」
あたしの耳許で囁いた。しばらくあたしたちはそのままお互いにすがり付くみたいに抱き締め合っていた。
左の掌の真ん中がちりちりしていた。
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