第23話
「ここにはイリューア様の、魂の一部が結晶化したものが埋め込まれている」
えっ?
「は?」
あたしとウユラの声が重なった。
「優秀なニンゲンをサポーターとしてドラゴンと共に行動させるようになったのは、あの一件がきっかけだ。はじまりのドラゴンがそうと定めたニンゲンの額に、対となるドラゴンの魂の一部を結晶化して埋め込む。イーシン、おまえにも覚えがあろう?」
「──────あっ」
やや長い沈黙のあとで、イーシンが何かに思い当たったような声をあげた。
「あれか──。額を撫でたところで触れるものは何もないから、夢かなにかと思っていたが、現実だったんだな」
「ドラゴンのおこなう秘事ゆえ、施されたニンゲンが覚えておらずとも不思議はない。この秘事を施せるのははじまりのドラゴンだけのはずだが──こうして施されているところを見ると、やはりイリューア様こそが、はじまりのドラゴンの後継たるに相応しいということかもしれぬ」
あたしはじいっと自分の左手に視線を落としていた。ウユラの手が伸びてきて、あたしの掌に触れた。ちくっと熱を発した。ウユラも慌てて指を引っ込めた。
「ウユラにはイリューア様の魂そのものが在るのだ、大方結晶に共鳴したのだろう」
ロシュアは少しだけ、楽しそうな口調で言った。もしかしたらイリューアがその、ひじ、とやらをおこなえることが嬉しかったのかも知れない。
「──ってことはさ、レイはイリューア様のサポーター認定、ってこと?」
クルに尋ねられて、だけどロシュアは頷くでもなくただ二三度瞬きをした。
「それは儂にも解らぬ。はじまりのドラゴンが次々にその秘事を施したのは、イリューア様の魂と身体が分かたれた後のこと。はじまりのドラゴンが斯様な秘事を施したたことなど、知る由もないはず」
ロシュアはそのまま黙り込んでしまった。クルがちいさく、そっか、と呟きを返す。
「はじまりのドラゴンとイリューア様の間に──もしくは、他の御兄弟との間で、なんらかのやりとりがあったとか?」
相変わらずボタンをぱたぱた叩きながらのイーシンの言葉に、ロシュアがはっとしたように目を上げた。
「確かにその可能性も否定はできぬ。はじまりのドラゴンは密かに、御子たちにのみ、秘事を伝えていたのかもしれぬな。これを施された時、イリューア様はなにかおっしゃっていたか?」
「あたしをイリューアの番にするって」
「番……!」
ロシュアはくわっと目を見開いた。いや怖い。
「その『番』って、オレたちニンゲンの世界で言うところの『番』と、同じ意味合いってことでオッケー?」
イーシンはやっぱり窓を見たままで、手でぱたぱたとボタンを叩きながら言った。クルがロシュアを見てイーシンを見て、またロシュアに視線を戻す。
「ねえ──、番、って、意味、知ってるよ、ね……?」
ウユラが聞いてくる。それくらい知ってる。でもイリューアはドラゴンであたしはニンゲンで、だからお互いが番になんてなれっこない。だからイリューアの言った『番』には、他の意味があるんじゃないかって考えてた。だけどみんなの様子を見ていたら、ほんとにそのまま『番』って意味のようにも思えてきて。
「ありえないじゃん、だってあたしはニンゲンで、イリューアはドラゴンだよ? だからその『番』って、いわゆる『番』とは違う意味があるんでしょ? ねえ、ロシュア?」
ロシュアは何も答えない。もしかして答えないことが答えだったり──する?
「……あの、ロシュア?」
今度は、ちょっぴり声が震えているのが自分でも解った。
「たぶんイリューア様は、ほんとの本気で、レイを『番』として迎えるつもりだったんじゃないかなあ?」
クルが言った。びっくりしてクルを見ると、クルはちょっと首を傾げるような仕草をして見せた。身体は大きくなったとはいっても、その愛くるしさは健在だった。
「や、これは僕の想像でしかないけど──、イリューア様、異なる種族同士でも『番』になる方法くらい、知ってそうじゃない? だってはじまりのドラゴンのご子息様なんだし」
首筋がぞわぞわぞわっとして、勝手に身体に震えが来た。いや待ってそれならそうと言ってくれないと解んないじゃん。思わずぱっとウユラを見ていた。ウユラは──俯いて、その両手でずぼんの腿の辺りをぎゅうと掴んでいた。
「──リオレイティス」
どきっとした。ウユラにその名をきちんと呼ばれたのは、思えばこれが初めてのような気がした。
「どうするの? ほんとのほんとに、イリューア、の、『番』に、なる……?」
反射的に強く首を振っていた。そんなこと考えたこともない。だってあたしは、ウユラが──ウユラを。
「キミは合意していないんだね?」
イーシンの声に振り返った。いつの間にかイーシンは、手を止めて椅子ごとあたしの方に向き直っていた。あたしはこくんと頷きを返す。
「まあ──今までの振る舞いを思い起こしてみても、なかなかになかなかな強引なキャラしてるしなあ、イリューアって。まあ仮にイリューアがそういう気持ちを持っていたとして、それってもう決定事項なわけ?」
そこでようやくロシュアが口を開いた。
「イリューア様の中ではそうだろうな。秘事をおこなった──という実績もある。いずれ露見することならば、早いうちに明かしてもらった方が、儂としては有難いことだ」
有難い? ロシュアの言葉に戸惑った。何がどうして有難い?
「腹を括れる」
そうしてロシュアは牙を剥き出した。笑った──のかも、しれない。
「イーシン、頼みがある」
ロシュアは言いながらイーシンの椅子に歩み寄った。イーシンはロシュアの指示に従って、またぱたぱたと手を動かし始めた。
「まったく。やれやれだね」
クルの呑気な調子にウユラがはっと何かに気がついたような表情を見せた。
「ウユラは僕のサポーターなんだからね? そりゃあイリューア様は、僕なんかが歯向かえるような相手ではないんだけどさあ。だけど僕は、ウユラの側にいるよ。イリューア様もきっとすっごく大変なのは解るけど、だからって何もかも、思いどおりになるなんて、思い上がりもいいところでしょ」
最後の方は、心なしか怒っているようでもあった。ウユラはクルに歩み寄って屈み込むとそのままクルを抱き締めた。
「ウユラがやさしいから」
「やさしくなんか、ないよぅ」
あたしからはウユラの顔は見えなかったけど、ウユラってばきっとまた泣いてる。
「それにさ、レイも」
クルがあたしをまっすぐに睨み付けるような目をした。
「お人好しすぎ。なんにでも振り回されすぎ。レイ自身が何をどうしたいのか、ちゃんと考えて」
そんなこと言われても。何をどうしたらいいのかなんてちっとも解んないし。
「だから勉強してるんでしょ、ウユラも僕も。レイも少しは勉強したら?」
ぐぬぬ。それを言われると返す言葉もない。勉強──勉強、ねえ。ウユラがきらきらした瞳であたしを見ている。これは。もしや。まさか。
「勉強する気になったの?!」
待ってまだあたし勉強するなんて一言も。うわあどうしよ、こんなに期待に満ちた眼差しを向けられて、しないとか言いづらいじゃん。なかなかうんと答えられずにいるとロシュアに呼ばれた。
「まだ話は終わっていない」
え。まだ何かあった?
「おぬしの気持ちがどうあれ、イリューア様がそうと決めたのなら、儂もそのように態度を改めねばならぬ。おぬしにはイリューア様の番として相応しい知識と教養、立ち居振舞いを身に付けてもらわねばならぬ」
それはもう要するに、あたしは勉強から逃れる術はないってこと──かな。
「一緒に頑張ろ!!」
ウユラは両手であたしの右手を握り締めた。こんなウユラの顔を見たら、もう嫌だなんて言えない。くっそイリューアめ覚えてろ。次会ったら、この恨みは全部イリューアにぶつけてやるんだから。
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