第20話

 ロシュアの問いに頷いて返事をしたのはクル。

「ちょっといろいろ」

 イーシンが瞼を開いてロシュアに視線を移す。

「変異の修正とは何か、だってさ。答えてやってもいいかな?」

「ふむ」

 ロシュアもまた、そう口にしたきり黙り込む。あたし、そんなに難しいことを聞いたんだろうか。不安になってクルに助けを求めた。

「ごめん。僕にも簡単に答えられないや」

 どうしてだろう。ロシュアが答えをくれた。

「イリューア様のご意志なのだ」

 イリューアの? どうしてここであいつの名前が出てくるわけ?

「忘れちゃったの? イリューア様は、ロシュアや僕より上位のドラゴンだってこと」

 はっとした。そうかイリューアって──偉かったんだ。なにしろはじまりのドラゴンとやらの息子なんだもんね。はじまりのドラゴンがどれほど偉いのかもよく解らないけど。でも、イリューアの意思、とは?

「できるだけキミは関わらせないように、ってことでね。幸い──と言っていいのかも解らんが、キミ自身それほど興味もないようだったし」

 イーシンが淡々と答える。確かにそうだ。勉強すればって言われたのに断ったのはあたしだ。

「今になってそんなことを聞いてくるなんて、どういう心境の変化?」

 ウユラにまでそんな言い方をされると切ない。

「うまく伝わらないかも──だけど。あたしの集落で起こったことについては、ロシュアとイーシンが正しいと思った。だってあたしの目から見てもディズはおかしかったし。集落が、なくなっちゃった、ことも、あたしなりに、正しいことをしたからだって、思った。だけどね」

 言葉を切った。ロシュア、イーシン、クル、ウユラの顔を順番に見た。ウユラが小さく頷いて見せてくれたから、思い切って先を続けた。

「セシェルカを見て、思ったの。本当にあれは、正しいことだったんだろうか──って。もしかしたら、他に何か、方法があったんじゃないかって。ねえ、あたし、変なこと考えてるのかなあ?」

 やっぱり誰も答えなかった。ただ。

「オレにはちょっとだけ、キミの気持ちが解る、かも」

 イーシンが言った。

「ロシュアのサポーターとは言ってもね、オレも結局は、はじまりのドラゴンの言いなりにならざるを得ないっていうか、ね」

「イーシン!」

 ロシュアがイーシンを嗜めるように鋭く短い声を上げる。イーシンはロシュアに向き直った。

「だって、そうだろう? 今回のこと──本国とロシュアの指示だから従ったけど、正直なところ、客観的に見て正しいのか、って聞かれたら、自信を持って胸を張って『正しい』とは答えられないよ、オレは」

 気まずい沈黙がだいにんぐを支配する。それを破ったのはクルだった。

「ロシュア。そろそろ、本当のことを話してもいいんじゃないかな。まだ先は長いんでしょ? こんな重っ苦しい雰囲気の中で過ごさなくちゃいけないなんて、勘弁してって感じ。もう今すぐにでも、僕が管理するに相応しいコロニーを見つけてよ」

 クルの言葉を受けてロシュアは、瞳を閉じた。じっと考え込んでいる。やがてロシュアは瞳を閉じたままで頭を左右に振った。

「イリューア様にお伺いをしてみよう」

 そしてロシュアは瞳を開くと、じっとあたしを見つめた。

「イリューア様の断が下るまで、この答えは保留にさせてもらおう」

「……解りました」

 そう答えるしかなかった。仕方がない。重苦しい雰囲気の中で、ロシュアがイーシンに声をかけた。

「イーシン、本国からおまえ宛に私信が届いている。見たか?」

「いや。なんだろう」

 ロシュアはイーシンを伴ってだいにんぐを出た。だいにんぐにはあたしとウユラ、クルだけになった。

「ねぇねぇ」

 クルが無邪気な声であたしを呼ぶ。

「少しは勉強してみようって気に、なった?」

 どうだろ。解んない。今まで知らなかったことを知りたいと思うのは、勉強したいってことなのかな。でもどうしてそんなことを聞くんだろうクルは。

「だってねえ、ウユラ?」

 クルがウユラを振り返る。クルに見つめられてウユラの顔が見る間に赤くなる。

「ちょっ──、クル、余計なこと言わないでよね?」

「余計なこと──ねえ。うん、まあ、言わないよ?」

 クルは笑いを含んだ声で答える。ここでもあたしは除け者か。面白くない。それが顔に出たんだろう。

「どうしたの? 怒ってる?」

「怒ってなんか。部屋に戻るね、なんか、頭使って疲れちゃったし」

 言い終えると振り返りもせずに早足でだいにんぐを出た。部屋に入る。

 ひとりきりになりたかった。

 でもそれはできない。

 今のあたしにできるのはせいぜい、どあにろっくをかけることくらい。そういえば、この部屋を自由に使っていいよって言われてから、ろっくをかけたのは初めてかもしれない。今まではろっくが必要だと思うことなんてなかったから。

 すりーぷぽっどにぼふん、と身体を投げて、うつ伏せになったままで考える。

 あたしはどこからやってきたのだろう。長老があたしのことを「自然妊娠で生まれた最後の子ども」だと、言っていた。ウユラはあたしとは違って、ええとなんだっけ? くろーん?? 要するに、作られた存在ってことだ。今はもうなくなってしまったけれど、あの集落のあったころにーを管理するために。もしも、イーシンとロシュアがやって来なかったとしたら、どうなっていたんだろう。あの暴れん坊だったディズをクルがどうにかして、そしてまた平和に、あの集落で過ごしたんだろうか。でもそうか。もうあの集落では、子どもが生まれないっていってたから、ってことはやっぱり、いつかなくなる運命だったのかもしれない。

 もしかして、あたしもあの集落と一緒に、無くなる運命だったんじゃないのかな、本当なら。それをウユラが変えてしまった。この、うちゅう──とか言うのが、どれくらい広い世界なのか、あたしには想像もつかないけど、このちっぽけな「あたし」が運命に逆らって存在していることが、どうしてかとってもいけないことのように思えてきた。ぐるぐる考えていると目の前に光の塊が現れた。とても大きな。もしかするとその光の塊は、ロシュアの身体よりもうんと大きいかもしれなかった。

『……シェアルタ=リオレイティス』

 光の塊が言葉を発した。よりにもよって、あたしがもっとも避けている、あたしの本名。返事をしなければいけないだろうか。むっつりと黙り込んでいると、光の奥から笑い声が弾けた。笑った?! なんで!?

『──ああ、ごめん。ちょっと気取ってみたくて。本名で呼んだらどんな反応するか試してみたかったし』

 口調から察するにこれは──。

「イリューア……?」

光の塊がふるふるしている。ふるふるしている理由は解らなかった。

『さすがよく解ったじゃん。えらいえらい』

 えらいもんか。っていうかこんな状況でこんなふうに話しかけてくるなんて、イリューアくらいしかいないと思うし。そもそもどうして、光の塊なの?

『あーどうしてかな? たぶん、オマエの精神に直接話しかけてるから? ま、細かいことはいいじゃん』

 がくっと力が抜けた。光の塊はふるふるしたままで先を続けた。

『あのさ。どうしてもオマエに、確かめたいことがあって』

 確かめたいこと?

『ウユラとオレ、どうしてもどちらかを選べ──と言われたら、オマエ、どっちを選ぶ?』

「ウユラに決まってるじゃん」

 一瞬たりとも悩まなかった。光の塊は一瞬固まったようになって、今度はもっと小刻みにふるふるしはじめる。

『わお。そっか。少しは悩んでくれるかもって思ったんだけどな』

 イリューアはそれきり言葉を切った。何がしたいんだイリューアは。

『そうするとやっぱ、何が何でもオレは、本体に戻らなくちゃだなぁ』

 しばらくして絞り出すような──少し震えた声で、イリューアは言った。

『……ちょっとだけさ、都合よく考えてたんだ、オマエは──レイは、オレを選ぶんじゃないかなあって。間髪入れずウユラって言うなんてさ。ちょっとどころかめちゃくちゃショック。だけど』

 光の塊のふるふるが止まった。塊から、すう、と一筋、帯のようなものがあたしに向かって伸びたかと思うと、それはあたしを包み込んだ。

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