第19話

「──確かにオレたち、イーシンと共に行動はしてるけど、仲間って訳じゃないんだ。その子は本当に、関係ないんだ。頼むから離してよ」

 イリューアの長い爪がセシェルカの腕に食い込んだ。セシェルカはたまらず、という感じであたしの腕を離した。ぐっとイリューアに抱き寄せられた。セシェルカはさっきイリューアの爪が食い込んだ部分を掌でさすりつつ、それでも鋭い視線を向けたままだった。イリューアは軽くあたしの背を叩いたかと思うと肩に回した腕を離し──セシェルカに向かって深々と頭を下げた。

「どうか見逃してほしい」

 これがあのイリューアの態度で、口から出た言葉か。セシェルカの口許がわなわなと震えて、何かを言おうとしてやめたようだった。そのままセシェルカはくるりと背を向けて駆け出してしまった。すっかりその背が見えなくなって、あたしとイリューアはその場に取り残されたみたいになった。怖くてイリューアを見ることができない。何か言った方がいいのかな。考えているとイリューアの腕が伸びてきて、そのままぎゅうときつく抱き締められた。

「……今後はスタアシップから出るの、禁止な?」

 イリューアにそんなこと決める権利ないじゃん。でもそれは言えなかった。だって──怖かった。イリューアが追っかけて来てくれてなかったら、今ごろあたしはどうなっていたのか。今になって足ががくがくしていた。イリューアが繰り返しやさしく背中を撫でてくれてようやく落ち着いてきた。イリューアはあたしを抱いた腕を解いて、今度はあたしの手を握った。

「帰ろ?」

 あたしに笑いかけるイリューアに違和感があった。なんだろう。イリューアに導かれるようにすたあしっぷに戻る。途中イリューアは、セシェルカに払い落とされたたぶれっとを回収するのを忘れなかった。あたしはずうっと違和感の正体について考え続けていた。すたあしっぷに無事に帰りついて。

「ねえ。どうやって出てきたの?」

 イリューアがにやりとした。

「だって会いたいって思ったでしょ?」

 あたしが? イリューアに? 解んない。そんなこと思った覚えはないけど。イリューアはさらににやにやしながら、あたしの頬を撫でた。

「かなり無理して出て来たから休ませてもらうな。オマエも部屋にいろ?」

 さらにイリューアはあたしの頭を撫でて、その場から歩き去る。その背中を見送りながらあたしは、やっと違和感の正体に気がついた。

 あたしと同じくらいだったイリューア──ウユラの背丈が、あたしより頭半分くらい、高くなっていたのだった。



 その日、すっかり暗くなってから、すたあしっぷはそのころにーを発った。だいにんぐで提供される食事にも慣れてきたとはいえ、美味しいとは思えないままだ。それに加えて今夜は、どうしてもセシェルカのことが頭から離れない。お皿に視線を落としたままですっぷんでぐちゃぐちゃやってると、イーシンが笑う気配がした。

「そうしてるとまるっきり子どもだな、レイは」

 むっとして顔を上げると、意外にもイーシンは穏やかな笑みを浮かべ、頬杖をついてあたしを見ていた。

「……なに?」

「なにがあった?」

 ぎくっとした。あたし、イーシンにばれるような態度をとっただろうか。

「あれ、図星?」

 やられた。

「なに? なにかあったの?」

 無邪気な声でクルにまで尋ねられる。なんと答えたらいいのか。別に誰にもにもすたあしっぷから出ちゃだめとか言われてなかったし、セシェルカと出会ってしまったのは事故みたいなものだ。でも、すごく悪いことをしているみたいで後ろめたいのも確か。クルとウユラがあたしに注目しているのを感じる。ロシュアは本国との連絡がどうとかで、全然姿を見せない。

「………………ねぇ、イーシン。イーシンとロシュアのやってるヘンイのシュウセイって、どういうことなの? あたしの集落では、ディズがおかしくなっちゃったのがヘンイで、ディズをやっつけたのがシュウセイってことで、合ってる?」

 思い切って聞いてみる。イーシンは微かに眉を動かした。

「うん。合ってる」

「じゃあ──シュウセイって、ほんとうは何をしているの?」

 今度はイーシンは、すぐには返事をしなかった。手にしたすっぷんを置くと食卓に両肘をついて、両手を顎の辺りで組んだ。

「それはちょっと、すぐには答えられないかな。どうして急にそんなことを? 今まで、オレらが何をしてるかなんて気にも止めていなかっただろうに?」

 ちらっと横目でウユラを見て──そうか、あれはイリューアだった。イリューアが穏便に済ませたことを、あたしがほじくり返すようなことをしたら、怒られるだろうか。怒られるならそれもそのときだ。あたしは腹を決めた。

「今日、あのころにーでセシェルカって子に会った。その子はとても親切そうで、だけどイーシンの名前を聞いた途端に態度が変わっちゃってね。イーシンたちにすごく怒ってるみたいだった。──何をしたの?」

 イーシンは瞼を閉じて、じいっと考え込んでいるように見えた。

「タブレットでコールしたとこまでは覚えてるけど、そのあとのことは全然覚えてないんだよね──どうしてかな?」

 ウユラに尋ねられてぎくっとした。

「もしかして、また彼に取って変わられちゃった感じ、かな?」

 ウユラは弱々しく呟いた。ウユラ自身を責めているみたいにも見えて痛々しい。

「ウユラ。どこまで覚えてるの?」

 ウユラは瞳をくるりとさせてから答えた。

「コール画面からふたりが見えなくなって、セシェルカ? とかいうあの子が『こっちへ来い』って叫んだあたり。まずいことになった、って思った直後から──かな。次に気がついた時には、スリープポッドで横になってた」

 そんなことはないだろうと思いつつも、さらに聞いてみた。

「そのときイリューアのことを考えた?」

「どうして?」

 ウユラが真っ直ぐな瞳であたしを見ている。

「……実は。イリューアとはある約束を、してて。普段イリューアはウユラの奥にいて、ウユラが深く眠り込んだ時にしか表には出て来られないんだけど。あたしが、とりがぁ? になることで、ウユラが眠るのを待たずに表に出てくることが、あって」

 あたしの答えにウユラは納得したような表情を見せる。

「なるほどそういうことだったんだ。どおりで。薄々考えていたことではあるけど、あらためて言われるとショックかも」

「……ごめん」

「謝らないでよ。むしろ、なんかごめん。ずっとイリューアが表にいる方が、あれこれ都合が、いいよね?」

「ウユラ!」

 はっとしたようにウユラがあたしを見て、それからへにゃりと笑う。

「だってそうじゃん。イリューアの方がよっぽど、みんなの役に立つ」

「あたしが一番役立たずだから! ウユラはちゃんと勉強してるし、頑張ってるってこと、あたしちゃんと、知ってるよ?」

 だからお願いそんなこと言わないで。一息にそう捲し立てたら、ウユラはうん、と頷いて黙り込んだ。

「なんでそんなことを気にしてるの?」

 クルが口を挟む。

「どうしてイリューアが出てきたのか解んないから。イリューアの話では、イリューア自身の意思で表に出るのは難しいんだって。あたしは呼んでないし、だとしたらあとありそうなのは、ウユラがどうにかしたのかなって」

 ウユラは考え込んだ様子でなにも言わない。イーシンも依然、考え込んだまま。みんなが黙り込んでいるところにロシュアが姿を見せた。

「イーシン。次の目的地が決まった。──どうしたのだ、静まり返って? 何かあったのか?」

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