第18話
そのうちに、絵が動いて、お話になっているやつを見る方法を覚えた。それはすごく楽しくて、そのうちにあたしは、自分でもお話を考えたりする時間が増えた。
目的のころにーに到着するたび、ロシュアとイーシンはヘンイのシュウセイに出かけた。ふたりが戻るまで、ウユラはクルと勉強をして待つ。あたしは窓から見えるころにーの様子を眺めるのが好きだった。どのころにーも、あたしが生まれ育った集落とは全然違う様子をしていた。イーシンかロシュアの許可をもらってすたあしっぷを降りることもあるけれど、遠くまでは行かない。
今日もたぶれっとを片手にすたあしっぷを出た。事前に許可はとってある。すたあしっぷの回りには木々がたくさんあって、あたしがいた集落と雰囲気が似ている。あんまり遠くへは行くなとロシュアに釘を刺されているから、すたあしっぷが見える範囲でうろうろしていた。朽ちかけた倒木があったので腰を下ろす。風が吹いている。鳥の囀りに似た音が聞こえて、どんな鳥だろうと想像しながらたぶれっとのすいっちを入れた。画面が明るくなる。ぱたぱたと画面を叩いて、しばらく、絵が動くお話に見入っていた。どれくらいそうしていたんだろう。
「君、どこから来たの?」
はじめ、それはあたしに向けられた問いかけだとは気づかなかった。
「ねえ、君ってば」
顔を上げる。目の前に知らない人がいた。歳は──あたしより少し上、かな。子どもって感じではないけど、どうなんだろう。きょろきょろと辺りを見回して初めて、その人があたしに話しかけているらしいと理解した。
「あたしのこと?」
それでも自信がなかったから、問い返す。その人は微かに笑って頷いた。
「星間航行だよね? どこからどうやって? この近くにポートなんてないのに」
ことばは解る。解るけど、ことばの意味が掴めない。セイカンコウコウ? ぽおと?
「………………えーっと?」
その人は今度は、困ったような顔つきをした。あたしも笑って誤魔化す。
「もしかして誰かと一緒?」
その質問には間を開けずに頷きで返した。その人はじいっとあたしを見ている。心なしか、表情が硬い気がしてきた。どうしよう。このままへらへら誤魔化し笑いをしつつ、そろそろ行かなきゃとか適当に言って、ここを離れた方がいいのかな。ぷこんぷここん、とたぶれっとから音がしたので見てみる。え、何だろ? 画面に光るボタンみたいなのが出てるけどどうしたらいいのやら。その人が隣からたぶれっとを覗き込んで来た。
「ビデオコールじゃん。出ないの?」
びでお、何? そのひとが勝手に画面のボタンみたいなのに触れた。と。
『どこにいるの?』
たぶれっとの中にウユラがいる。びっくりして放り投げるところだった。
『誰?』
何がどうなってるの? こんなちっちゃいものの中に入れるなんて。ていうかいつの間に? あたしがすたあしっぷを出るとき、ウユラはだいにんぐにいたじゃないか。頭がぐるぐるしてきた。その人は当たり前みたいにたぶれっとの中に入ってしまったウユラに答える。
「ボクはセシェルカ。君は?」
『ウユラです。もしかしてあなたにご迷惑を?』
セシェルカは首を振る。
「別に何も。ビデオコールの出方が解らなくて困ってたから勝手にやっちゃった」
『そっか、使い方教えてなかったんだっけ。ありがとう、助かりました』
ウユラはにっこりしてそれから言った。
『姿が見えないから心配してたんだよ。そろそろ戻っておいで、イーシンたちのお仕事も終わったみたいだし』
セシェルカが小さく呟いた。
「イーシン? ってことは、やっぱりあいつらの仲間?」
仲間──という言い方が正しいのは解らないけど、一緒に旅をしているからそうなのかもしれない。恐る恐る頷いた。セシェルカの表情が固まった。直後、あたしが持っていたたぶれっとはセシェルカに払い落とされた。何を、と言う前にセシェルカがあたしの腕を掴む。
「こっちに来い!」
何が起こっているんだろう。ずるずると引きずられる。振り払おうにも掴む力が強すぎてどうにもできない。
「あ、あの、ちょっと、」
「あいつらの仲間なんだろ? 黙って帰せない!」
何をしたんだイーシンとロシュアは。セシェルカと名乗ったこのひとがこういう行動に出るようなことをしたのは間違いないだろう。イーシンとロシュアにとっては正しくて、世界にとっても正しくて、でもきっと、セシェルカにとっては正しくないことを。
「えっと、あの、あのね。確かにあたしは、」
「うるさい黙れ」
セシェルカはあたしの腕を強く引いた。腕が抜けるほど痛い。どうしたらこんな力が出るんだ。うっすらと涙が浮く。
「いうこと聞け。聞かないと身体が壊れるぞ?」
怖い。必死に抗っているのに逃げられない。あたしはセシェルカに手を引かれるままずるずる歩き続けていた。どうしようこんなことになるなんて。今までもすたあしっぷから降りたことはあったけど、そのころにーに住んでる人と会ったこともなかったし、大丈夫だと思ってた。うわあどうしよう、あたし、どうしたら。怖い。どうしよう。助けて。
「おいっ! 待てよ──っ!」
遠くからウユラの声がした。セシェルカが立ち止まる気配はない。ウユラの声を聞いて少しだけ力が湧いた。引きずられていることに変わりはないけど、必死で抵抗を試みる。
「待てってば!」
声と一緒に手が伸びてきてセシェルカの腕を掴んだ。それでセシェルカはやっと立ち止まった。セシェルカの腕を掴む手の、爪の形が視界に入る。違うこれはウユラじゃない。セシェルカが振り返る。
「──ああ、さっきの。なに? 迎えに来たの?」
「当たり前だろ。どこに連れて行くつもりだ?」
「イーシンの仲間と解って、みすみす帰せる訳ないじゃん」
「確かにイーシンは、おまえの気に入らないことをしたかもしれない。でもそれは」
「はじまりのドラゴンの意思だ──って言うんでしょ? それってどこまでが本当な訳?」
セシェルカが問う。イリューアは答えに詰まった。
「ご立派なことを言ってたよ、イーシンって奴。でも、ボクにはあれが、はじまりのドラゴンの意思だなんて信じられない。どうしてこのコロニーの役目を奪うようなことをするんだよ、おまえらは」
セシェルカとイーシンは黙ったままで睨み合う。はらはらしながら状況を見守っていると、イリューアが微かに俯いて、それからきっと顔を上げた。いつものイリューアなら目から炎を撒き散らすんじゃないかっていうくらい鋭い目付きをするのに、今のイリューアは違った。鋭いは鋭いけど──冷ややかで、それでいて、どこか申し訳なさげで。
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