第17話

「そうはゆかぬ。名付け親が誰かは知らぬが、謂れがあり心を込めて名付けられたものは、大事にせねばならぬ。ウユラはなんと?」

「そりゃあ本名で呼びたいよ! 返事をしてくれるならリオレイティスって呼びたいけど、」

 きっとキツくウユラを睨んでいた。ウユラが少し怯んで、それから。

「嫌がるし返事もしてくれないし。できるだけ呼ばないように気をつけてるけど、どうしても、って時にはレイって」

「なるほど。ではそうしよう」

 いやだ。でも仕方ない。しぶしぶ頷く。

「報告書には本名書くからな」

 イーシンはきっと性格が悪いに違いない。わざわざそんなこと言わなくてもいいのに。ロシュアが満足したように何度か頷いて、続けてクルを振り返った。

「クルよ。儂はできる限り、お主に知識を与えておこうと考えておる。あのシェルターに残されていたデータのコピーは完了しているから、あちらで」

 クルがぴんと背筋を伸ばす。あの、あたしたちは?

「のんびり過ごすがよいぞ」

 そう言われても。隣でウユラがあたしの袖を引いた。

「すたあしっぷの中、探検しない?」

 ウユラの瞳がきらきらしている。子どもか。

「ね、行こう?」

 先に立ち上がったウユラがあたしの手を引く。しょうがないなあ、付き合うか。

「勝手にあちこち触るなよー」

 イーシンに釘を刺されて、はーい、と返事をすると部屋を出た。



 眠っている間に、かなりの距離を移動した──と言われても実感はない。クルとウユラ、そしてあたしの処遇がどうなったのかというと、簡単に言えば『ロシュアに一任された』ということらしい。あたしたちはだいにんぐ、ってところに集まって、ごはんを食べていた。

「一任──かあ。イリューアの件はバレてないって考えてよさそう?」

 イーシンがロシュアに聞く。ロシュアはううむ、と唸る。

「解らぬ。調べようにも──全宇宙から見て辺境の一地域での出来事なのでな。はじまりのドラゴンも把握できていないのだと踏んではいるが」

「報告しなくていいの?」

 ロシュアから毎日いろんなことを教え込まれているクルは、当然のようにふたりの話に加わる。ウユラはクルのさぽぉたあってことで話に加わることも多いけど、話のほとんどは理解できていないみたい。そこはあたしと同じだ。

 すたあしっぷで出されるごはんにはまだ慣れることができなくて、あたしは日々ちょっとずつ、持参した保存食を食べ繋いでいた。ふかふかのすりーぷぽっどは快適でよく眠れるし、せんじょーそーちは楽ちんで便利。お湯を沸かしたり布巾で身体を拭いたり洗髪したりしないのに、身体がぴかぴか綺麗になって、なんの匂いかは解らないけどとってもいい匂いがするのだ。生まれた時から一度も切ったことのない髪を洗うのが、一番の重労働といってもいいくらい大変だから、ざぶざぶお湯で髪を洗わなくていいなんて天国かって思った。着替えとして用意された服を初めて着たときにはびっくりした。明らかにぶかぶかだったのに、腕を通すとしゅしゅっと縮まってあたしの身体にぴったりになった。まるで服が生きているみたい。

「報告してもな。イリューアが外に出たところで、それがイリューアだと信じるのはイリューアと接点があったドラゴンだけだろ? イリューアの存在って、どれくらいのドラゴンに把握されてる?」

「さあな。儂が離れている間に中央の情勢も大きく変わり、変異も頻発してしまって──世界の仕組みが大きく作り変えられたようだから」

「はじまりのドラゴンは、なんて?」

 クルの疑問にロシュアは小さく首を振る。

「なにも。変異の修正を命じられた時も、イリューア様の話は一切出なかったのでな。はじまりのドラゴンにとってはもう、なかったこと、なのかもしれぬ」

「ねえだったら。このままなかったことにしちゃえばいいんじゃない?」

 いいことを思いついた、という表情でクルが言って。

「……イリューア様の魂と巡り合ってしまった以上、儂にはそれはできん」

「なぜ?」

 イーシンが問う。

「儂ら側近たちにとっては、イリューア様は勇者で希望だったのだ。まだ確認された変異は多くはなかったとは言え、単身で変異の修正に邁進していたイリューア様は、ドラゴンからもニンゲンからも信頼が篤かったのでな」

「上手くイメージできん」

 イーシンが漏らした言葉にロシュアは少しだけ目を細めた。

「それはそうだろう。イリューア様が先頭に立ってご活躍だったころと今では、世界のありようやドラゴンとニンゲンの係わり方は、今とはまるで異なるものだったからな」

「イーシンはどうして、ロシュアと旅をしているの?」

 出された食事の半分以上を持て余して、あたしは聞いてみた。

「キミらの村で言うところの『正統後継者』みたいなもん。生まれた子どもたちを適性ごとに振り分けて、ドラゴンのサポーターとして高い適性が認められた子どもは特別な訓練を受ける。もちろんそれだけでドラゴンのサポーターにはなれないから、さらに選抜試験を受けて、まあ要するに、選ばれたエリートってやつなんだよねオレは」

 えりーと。

「ふーん」

「キミ絶対オレの話解ってないでしょ?」

 解ってないよ。解るわけないじゃん。

「いいなあ、そういうの」

 ぽつりとウユラが漏らした。

「ウユラだって、長老から特別なことを教わってきたんでしょ?」

「うん──まあ。でも、イーシンが経験したようなものとは、きっと種類が違うと思うし。何にも知らな過ぎて悔しい」

「オレでよければなんでも教えるぞ?」

「ほんとに? ぜひお願いします!」

 ウユラが遠くに行ったみたいで寂しい。イーシンはにやにや顔であたしを見てる。

「キミは? どうする?」

 ふぉおくを弄ぶ。あたしに理解できるとは到底思えない。

「ううん。いい。ウユラの邪魔、したくないし」

「そんな……」

 ウユラの呟きを受けてその顔を見てぎょっとした。

「そんな寂しいこと言わないでよ。一緒にいろいろ、勉強しようよ?」

 見る間に瞳に浮かぶ涙。ウユラはずるい。でもあたしは、ゆるゆると首を振っていた。

「……ごめん」

「どうして?」

 どうして? 解れよウユラのばか。あたしが言葉に詰まっているとロシュアが助けてくれた。

「そう無理強いをするものではない」

 ロシュアの言葉にウユラは少し不満そうだったけれど、それ以上しつこくはしなかった。その日からウユラは、本当にひとが変わってしまったみたいに猛然と勉強を始めた。そんなウユラに刺激を受けたのかクルも同じで、結局あたしひとり、何をするでもなくすたあしっぷからそらを眺めたり、ぼんやりと日々を過ごしていた。食事の席ではあたしにはちんぷんかんぷんの単語が飛び交い、次第にあたしは、誰ともあまり話をしなくなっていた。イーシンがそんなあたしを見かねて、たぶれっとというものの使い方を教えてくれた。変なところを触ると見たこともない文字が出て来てひやっとするけど、あちこち触っていると元に戻るし、どうしても何にもできなくなったら画面の真ん中をしばらく押さえ続けていると文字が出て来て、緑色のボタンみたいな枠を押すと勝手に画面が消えて、しばらくするとまたつく。ちゃんと元通りに。

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