第16話

「今にして思えば、変異の発端ははじまりのドラゴンが第二子、セヴァーダ様のご乱心──だったのだろう。平たく言えば跡目争い。はじまりのドラゴンは自らの後継者たるドラゴンたちが争う姿に心を痛め、こんなことになるならば子など為さねばよかったと嘆き悲しんだ。結果──セヴァーダ様と第三子ネフィスタリオ様を自らの手にかけた。イリューア様は跡目を継ぐことを辞退、全宇宙の星間パトロールの任に就くことを申し出た。はじまりのドラゴンは心密かに、イリューア様に跡目を継がせたいとお考えの様子だったが、イリューア様が辞退してしまった以上、長子ガルヴィウルス様に跡目を引き継ぐしかなくなってしまった。儂ら近臣は粛々と、世代交代の準備を進めていた。そんな中──イリューア様が自ら星間パトロールの任に就くことを申し出たのは、全宇宙の反乱分子を束ね、はじまりのドラゴンに反旗を翻すためだと噂が立った。儂らは信じなかった。噂の出所は知れず、不穏な空気が漂っていた。はじまりのドラゴンは跡目の引き継ぎを延期し、ガルヴィウルス様、イリューア様両名の動向を探るように、側近に命じた。儂もそのうちのひとり」

 ロシュアの話は続く。

「側近たちの調査ではその噂が本当なのか判断できなかった。ただ、不穏を放っておくわけにいかないからと、イリューア様の、星間パトロールの任は解かれた。任を解かれたイリューア様は、はじまりのドラゴンの元に戻るよう命じられて──途中で消息を絶たれた。儂はイリューア様が、宇宙の片隅、打ち捨てられたコロニーに捕らわれていることを突き止め救出に向かった。儂が駆け付けた時には、イリューア様には御魂剥がしの術が施されている最中だった。それを止めようとして儂は、巻き添えを食った形になって時の流れから締め出されてしまった。ようやく儂が時の流れに還った時には、すでにイリューア様の本体から魂は抜けていた。本体を本国に戻すのは危険と判断し、儂はイリューア様をそのコロニーに隠したままで単身、本国に戻った。戻った儂に知らされたのは、すべての首謀者がガルヴィウルス様だったこと、はじまりのドラゴンによって処刑されたことだった。はじまりのドラゴンは跡目を引き継ごうと考えたことが誤りだった、として、自らの肉体に時を永らえる秘術を施し、表舞台から身を引いた。全宇宙の統治や管理はいまでもはじまりのドラゴンが担っているが、実際に動くのは我ら側近や近臣たちだ」

「イリューアの存在が隠されていたのはどうして?」

 イーシンが聞いた。

「まだ本体が残っておるからだ」

「ちょっと意味が解らないんだけど」

 イーシンの言葉を聞いて、イリューアが言った。

「じゃあさ、イーシンははじまりのドラゴンと、世界のありようについてなんて教わったか教えてくれる?」

「ああ──ええとまず、はじまりのドラゴンが生まれて、遍く宇宙を作り出し、今なお世界の頂点に君臨する、と。はじまりのドラゴンの血を引くドラゴン三体は、はじまりのドラゴンに永のいのちを与えるためにその身を捧げた──だっけ」

 子どもを犠牲にして親が生き延びたってことか。ふと父さんと母さんを思った。あたしが犠牲になったとしてもふたりが生き延びたとしたら──あたしはちょっとうれしいけど、父さんと母さんはどうなんだろう。もう二度と、父さんと母さんに直接確かめることができないんだと気がついて──勝手に涙が溢れて慌てて拭った。

「はじまりのドラゴンにとっては、跡目争いが起こったことも、それによって自らの子どもたちが命を落としたことも、隠しておきたい都合の悪い真実なのだろう。それに長らく、儂には引っ掛かっていることがあった」

「引っ掛かっていること?」

 イーシンとイリューアがほぼ同時に問い返した。ロシュアは重々しく頷いた。

「あのとき──イリューア様に御魂剥がしの術を行ったのは、間違いなくガルヴィウルス様だった。ガルヴィウルス様は最後にこう言っていた気がした。全ておまえに任せた、と。イリューア様、覚えておいででしょう?」

「うん。覚えてる」

「それは──聞いたら教えてもらえる話?」

 イーシンが口を挟む。イリューアは。

「ちょっと迷ってる。信じてもらえるかどうか。──っと、そろそろタイムオーバーっぽい」

 そこでぽてんと、イリューアがあたしの肩に頭を乗せてきた。えっ? このタイミングで引っ込むの?

「………………あれ? もしかして寝ちゃってた?」

 ウユラが目を覚ました。力が抜けた。

「続きはまたの機会──ってことか」

 イーシンはなぜだか、ほっとしたように息をついて、それからロシュアを見上げた。

「どっちにしてもクルとウユラのことは、本国に報告しなきゃだろうけど。なんて言ってくるかね?」

「さあな。帰国命令が出るならそれはそれ。出なければ──」

「出なければ?」

「イリューア様の本体との合流を目指す」

 答えたロシュアがイーシンに歩み寄った。大きな窓に見たことのない図形が映る。

「さて。変異を修正しながらの旅となると──道程は遠いな」

「次の目的地、本国からの指示はここだ。本格的に移動する前に報告上げておかないと、本国が不審に思うかもしれないよね」

「そうだな。報告はイーシンに任せる」

「りょーかい」

 イーシンが返事をして指をはたはたと動かし始めた。何かに気がついたようにあたしを振り返る。

「ところでさ。オレ、キミの名前ちゃんと知らないや。なんていうの?」

 名前。びくっとする。

「いやいや、そんなびっくりするところじゃないでしょ。報告上げるのに、名前と年齢は不可欠だからさ」

 ちらっとウユラを見ていた。ウユラがにっこりする。

「言えばいいのに」

 察して。そう念じながらウユラの瞳を見つめた。すると驚いたことにウユラは──ほんとにあたしの気持ちを察してくれた。

「自分からは絶対に言わないんだ。大げさすぎるからって」

「大げさ?」

 イーシンが眉を跳ね上げる。ウユラが頷いてあたしを見た。

「とても素敵な名前だと思うんだけどね。ウユラなんて適当な名前に比べたらさ」

 適当? そんなふうに感じてるのかウユラは。

「すごくいい名前じゃんウユラって。響きも可愛いし。取り換えてもらえるならそうしてほしいくらいだし」

 ムキになって反論してしまった。ウユラが笑う。イーシンはまだ考えている。ロシュアが呟いた。

「稀にニンゲンが、好んで子に付ける名があると聞く。命の精霊──マシェンナ・アルタ:ハリオレイティスに由来する名。いくつかのパターンがあるそうだが、もしや?」

「さすが。この子の名前はシェアルタ=リオレイティス。素敵な名前でしょ?」

 恥ずかしくて逃げたい。なんでこんな大げさな名前を付けたのか心から知りたかった。

「なるほどね。それは──オレでも名乗りたくない、かな……」

 イーシンがあからさまに、気の毒に、という表情であたしを見ている。

「自然妊娠で生まれた──ということと関連しているのではあるまいか? 命の精霊の加護があったと信じたかったのだろう」

 ロシュアはどこか感慨深げに見えた。

「呼ばれるならなんと呼ばれたい?」

 ロシュアが気を遣ってくれたのが解った。

「おいとかおまえとか、適当に」

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