破・流転・転々・真実を求めて
第15話
窓の外を飽きずに眺めていた。
外、というのはころにーの外のウチュウってところなんだと聞いても、正直ちんぷんかんぷんだ。あたしがいま居るのはすたあしっぷと言って、ロシュアとイーシンがころにーところにーの間を移動するのに使う乗り物。あの日、あたしとウユラが見た、眩しいひかりの正体は、すたあしっぷがころにーに入った時のひかりだそうで──ぶっちゃけ何も解らない。
「これって夢かな?」
隣でウユラが囁いた。
「ウユラはどっちがいい?」
聞いてみた。
「んー。どうかなあ」
──あたしがあの地下壕の救護室で眠っている間、ウユラは長老と話をしたんだと聞いた。ドラゴンは暗くなるといっそう凶暴になる。でも、ずうっとお日様でころにーの中を満遍なく照らし続けるためのえねるぎーは確保できず、一日の半分はお日様を休ませなきゃならなかった。だから七つの鐘が鳴った以降の外出を禁じた。お日様を休ませる間、凶暴になるドラゴンからみんなを守るためだった。長老は長老なりに、あたしたちを守ろうとしてくれていたんだ。でも、ロシュアとイーシンがやって来て、ディズを鎮めると知らされて──いよいよチュウオウに見捨てられたと思った長老は、いっそディズがロシュアとイーシンをやっつければいいと考えて、二度とお日様が昇らないようにした。そうしてロシュアとイーシンを騙した。明るくなるのを待て、と。
「おじいちゃんたちは間違ったことをした。それはいけないことだけど──でも、間違ったのは、おじいちゃんたちだけじゃないよなあって」
ちらっとウユラを見るとウユラは、じいっとほしを見上げていた。ついこの前までの泣き虫ウユラはすっかり消えちゃったみたい。
「ねえ。イリューアについて教えてくれない?」
改めてウユラに聞かれた。ちょっとだけ、迷って。
「……あたしにもよく解んない。気がついたらウユラが側にいたみたいに、気がついたらそこにいた、って感じかな。あっちのウユラ──イリューアは正直苦手だし、できればあんまり関わりたくないけど……、でも、うん、あたしにとっては、イリューアもウユラ、って気がする」
「え、なんか微妙」
ウユラは言葉通り、なんとも表現しにくい微妙な表情を浮かべていた。
「ねえ、その、イリューアに、ヘンなこととかされてないよね?」
ヘンなこと? って、なんだろう? 問い返すとウユラが真っ赤になった。
「考えれば解るでしょ!」
ますます赤くなってウユラが叫ぶ。ウユラが赤くなるとあたしもどぎまぎしちゃうんだ。顔だけじゃなく耳まで熱くなる。
「解るわけないじゃんそんなの!」
悔しいような気がして叫び返す。そこに。
「……ちょっといい? ロシュアが話したいって」
足元に寄ってきたクルは呆れ顔だ。なにもかもが恥ずかしい。クルに頷きを返してウユラが、あたしはさらにその後に続く。あまり広くはない部屋の真ん中にロシュアがいた。イーシンはこんそーるとかいう四角やら丸やらのボタンがたくさん並んだ机の側にいた。ロシュアに勧められた椅子に座る。ウユラとは斜向かいになった。
「イリューア様とのことを聞かせてほしい」
ちらっとウユラを見て、それからロシュアを見た。答えられることなんて、ほんとになんにも、ないんだけどな。ロシュアはあれこれ細かく質問を繰り返すけど、あたしの答えは「解らない」「覚えてない」、または「知らない」のどれかだった。
「……解らん」
ロシュアが戸惑ったような声を上げる。斜向かいのウユラの頭がゆらゆらしているのが目についた。飽きて眠くなったのかな。さすがウユラ。
「お主の話を総合すると、イリューア様は自身の存在を隠す努力はしていたようだな。そしてそれは、今回儂らがあのコロニーに立ち寄って初めて露見した──と」
出来すぎている気がするな──ロシュアが漏らした、その声に答えたのは。
「そうかねえ? 遅かれ早かれ、って気がするけどなー」
呑気な声。いつの間に。イリューアが表に出ていた。
「どっちにしても、コイツに聞いても何も解んないよ。だってオレが封じたから」
「封じた?」
クルが聞く。イリューアは楽しそうに頷いて、立ち上がるとあたしの隣にわざわざ座り直した。
「そ。だってコイツさ、オレに気がついちゃうんだもん。封じるしかないでしょ?」
イリューアより早く? 全然意味が解んない。
「あれっていつだったかな……コイツが二歳くらいのとき? オレの顔見て、ウユラじゃない、って泣き出しちゃってさあ。いやああの時はマジ焦ったよね。だからその場で封じた」
イリューアはあたしの頭をぽんぽんした。長い爪であたしを傷つけないように気遣っているのが解る触れ方だった。
「で。コイツがある程度ものが解るようになるのを待って言い含めた。オレたちだけの秘密だよって。素直に言うこと聞いてくれて、ほんと助かった」
それからイリューアは、ウユラが深く眠った隙にこっそり表に出ては、何ができるのか、何ができないのかを探り続けていたのだという。
「どうにかウユラの身体から抜け出せないかなって試したんだけど無理だった。近くに本体ないし。歳を重ねるごとに力が戻る感覚が強くなってはいたんだけどさ。でもねえ。やっぱ、殻を破るって選択はできなかった」
そこでロシュアが、ああ、と哀しげな声を上げた。
「や、別におまえが哀しむことじゃないし」
「ですが」
「過ぎたことはいいじゃん」
イリューアはにぱ、と笑って。
「本体があれば戻るのはきっと簡単。だからオレは、さっさと本体に戻りたい。殻を破らずにここから出るにはそれしかない」
イリューアはあくまでも楽しそうだ。ロシュアが腕を組む。
「で。オマエとしてはどうなの? どっちが望み?」
「それはもちろん、貴方様が元のお姿に戻られることです」
「殻を破るべき──と?」
ロシュアはゆるく首を振る。
「最善ではないでしょう」
「そ。なら当面は、オレとロシュアの意見は一致──と」
イリューアの言葉のあと、不自然に沈黙が続く。イーシンが怖い目でイリューアを見つめている。こっそりイリューアの様子を伺うと、イリューアはもっと怖い目でイーシンを睨んでいた。うわあ逃げたい。イリューアはあたしの気持ちを察したのか、その腕を腰に廻してきた。ぎくっとした。
「逃げんな。ここにいろ」
耳許で囁かれた。クルに視線を投げるとクルは我関せずな涼しい顔。
「あんたの意向も確認しないとね。立場とかいろいろ、あるだろし」
イーシンはじっと口を噤んでいる。どれくらいそうして、みんなで黙りこくっていたんだろう。
「……聞けば全てを語るのか?」
「内容次第。言えることもあるし言えないこともある」
「じゃあまず──ロシュア。おまえに聞く。イリューアって何者?」
「はじまりのドラゴンには、ご子息がお三方あった。それはイーシンも知っておろう」
イーシンが頷く。それを見てロシュアは続けた。
「お三方の下にもうお一方ご子息があった。それがイリューア様だ」
ロシュアの問わず語りが続く。
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