第13話

「これはもしもの話。だから、落ち着いて聞いてね」

 クルはあたしじゃなくて、ウユラに向かって語り始めた。

「この集落──っていうか、イーシンが言うには、コロニー、って呼ぶらしいけど。ここの管理を任されていたディズがいなくなっちゃったから、本当なら僕がその跡目を継いでここを管理しなくちゃならないみたいなんだけど。もうこのコロニーは存続が難しいだろうって。長老たちが、イーシンたちにたてついちゃったから。もうすぐ中央とやらの偉いひとたちがここにやって来て、このコロニーは墜とされる──そうだよ。僕にも意味解んないけど。で。ウユラは僕を護るためにいるじゃん? 次の新しいコロニー建設のために、ウユラを連れて行く必要があるんだってさ。ウユラが新しいコロニーの長老になるんだって。だからさ──起きてよウユラ。僕を護ってくれるんでしょ?」

 クルの瞳から、大粒の涙が溢れて落ちた。ドラゴンも泣くのか。

「ねえ、ウユラ」

 ぽろりともう一粒涙が溢れてウユラの頬を濡らした。クルがこんなに頼んでるのに。なんで起きないんだよウユラ。

「起きてよ」

 あたしとクルの呟きが重なった。握っていたウユラの手がぴくっとした。ウユラ? ウユラは自由な左手で、自らの頬に触れてクルが零した涙を拭い──そして。瞼がふるふる震えたかと思うと、ウユラが静かに瞳を開いた。何度か瞬きを繰り返す。あたしもクルも何も言わず、ただただウユラを見つめていた。ウユラは枕元に座るクルを見て、それからあたしを見て。

「……どうしたの、ふたりともなんで泣いてるの?」

 すっとぼけた科白を放った。

「ウユラ──」

 クルがウユラに頬ずりした。あたしは。

「ウユラのばか! おたんこなす! すっとこどっこい!!」

 思いつく限りの悪口を言った。ウユラはなぜかにへら、っと、すごくすごくうれしそうに、笑った。

「なんだよそれ。なんでそんなこと言われなくちゃならないの?」

 意識を取り戻したウユラの元に、長老以下、四人のおじさんたちとふたりのおばさん、それからイーシンが集まっていた。イーシンは終始渋い表情を浮かべていた。長老がぽつりぽつりと、真実を語り始めた。

「はじめにディズゲイドの異変に気がついたのは──かれこれ五十年ほど前だろう」

 五十年。あたしたちが生まれるずうっと前だ。ずうっと前だけど──教わっていた話とは全然ちがう。

「なぜそうなったのかは解らん。驚いた我らは本部にコンタクトを取ったが、本部からの返答は思わしくなく──様子を見よ、とのことだった。最初は言葉が通じなくなり、次第に訳もなく火を吹き暴れることが増え──もっとも許せなかったのは、胎児の培養槽を破壊されたことだった」

 ほんぶ? こんたくと? ばいようそう? 知らない単語がぽんぽん飛び出して、もうあたしには理解できない。ウユラは理解できているんだろうか。

「培養槽が破壊される──すなわち、このコロニーではもう、新しい生命の誕生を望めなくなったということ。培養槽の破壊ののち、わずかに起こった自然妊娠から誕生に至ったのは、おまえのみ」

 あたしだけ? え? でも、ウユラもいるし他にも子どもはいっぱいいたじゃん。

「中央に見捨てられた。儂らは滅びゆく運命なのだと悟った。だから──それまでの技術を捨てることにした。とはいえ──ウユラたちに同年代の友人がいないのもかわいそうだからと、わずかに残ったクローンの培養槽とアンドロイドの生成技術を掛け合わせて子どもたちを作った。作った子どもたちには作った記憶を植え付け──科学技術とは縁のない世界を作り上げた。それが、古来人間が営んでいた世界に似せたこのコロニーの有りようだ」

「……それじゃあ、正統後継者、というのは?」

 イーシンが口を挟む。

「それはほんとうのことだ。我らの家系は代々、管理者であるドラゴンのサポートをする任を担っている。可能性が低かったとはいえ、もしも──もしも万が一、中央がこのコロニーを救おうと考えてくれる日が来るならば──後継者が必要だった。そのために儂らの遺伝情報を用いてクローンの培養槽を使い、子を為した。それが──ウユラだ」

 何を言ってるのかさっぱりだ。でも、ウユラとあたしは違うんだ、ってことは解った。ウユラは生まれる前から、ドラゴンと生きることを運命づけられてた。あたしも、そうなれたらよかったのに。

「おまえさんも大事にしてきたよ。ウユラとはいちばんの親友であると同時に、ニンゲンだから。自然妊娠で生まれた最後の子ども。中央から見捨てられた儂らの、最後の望み」

「なんでそうなるのさ?」

 クルが疑問を口にした。

「我らを管理するドラゴンが何をどう思っているのか知らんが、ニンゲンはニンゲンであるからこそ、ニンゲンを大事にするのだ。培養槽生まれではない、純粋な自然妊娠で生まれたニンゲンなど、もうこの世界では──全宇宙探しても、数える程度しかいないだろう」

「それはまあ──そうだろうけど」

 イーシンが呟く。

「なぜこの子だけ、自然妊娠の結果生を賜ったのか。それも気になるんじゃないかなと思ってな」

 長老がふっと口許を歪める。

「儂らもな、自然妊娠するなどありえんと思っていた。だからドラゴンはニンゲンの生を管理していたんだろう。それが覆った。中央が見捨てた辺境のコロニーで。そこに活路があるのではと思ったが──どうやらそれも儚い夢だったようだ」

 それきり長老は口を噤んだ。ウユラはじいっと黙り込んで何も言わない。あたしは──そもそも自分の身に起こっていることだというのに、未だに何がなんだかさっぱりで、置いてけぼりを食っている。

「ねえ、イリューアについて、知ってる?」

 クルの問いに長老は首を傾げた。おじさんたちもおばさんたちも。

「イリューア……とな? それは?」

 クルがイーシンを見た。イーシンもクルを見た。

「どうやらディズゲイドに起こった異変と、イリューアの件は別件みたいだな」

 ため息交じりにイーシンが呟いた。

「いずれにしても、あなたたちが考えているように、このコロニーは取り潰し決定──だそうだ。どうする? 罪人として牢獄で労働しながら寿命が尽きるのを待つ、という方法もあるが?」

 イーシンが問う。長老たちは互いに顔を見合わせて、それぞれが一様に首を横にした。

「ならば我らも、コロニーと運命を共にするまで。どうせ中央に見捨てられたのだ、罪人に身を落としてまで寿命を全うしようなど。……なあ?」

 長老はウユラの顔を見ないで言った。ウユラの顔が哀しそうに歪んだ。

「……キミは?」

 クルに聞かれてどきっとした。

「キミはまだ子どもだし、罪に問われることはない。望むなら他のコロニーへの移住手続きをするけれど」

 イーシンが続けた。ほかのころにーへのいじゅう。要するに、ここではない別の場所に移り住む、ってことか。あたしひとりで? 急にそんなことを言われても。ウユラがじいっとあたしを見ていることに気がついた。

「……一緒にいたい、は、我儘かな?」

 ウユラがクルに聞く。クルが唸る。

「解んない。ウユラの気持ちも、解らなくはないけど」

 だって僕らとは違うよ。クルが言外にそう言ったのが解った。そうだ。あたしとウユラは違う。クルを護るように運命付けられているのはウユラなんだから。ウユラがゆるゆると首を振った。

「嫌だ。一緒にいたい。それに」

 ウユラがきっと強い目でクルを見つめた。

「イリューア」

 クルよりもイーシンが動揺したみたい。ウユラの視線の強さに気圧されたみたいに目を逸らした。

「それ、なんなのか教えてもらえないの? なんにも知らされないまま、っていうのは、納得できない。その、ちゅうおう、とかいうひとに聞けば教えてもらえるのかなあ?」

 イーシンは何も答えない。

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