第12話
「やっぱあれ? 光の矢を使う感じかな」
「それ以外に手はないでしょうな」
「おまえ、まだいける?」
ロシュアが力なく首を振った。
「先ほどの。あれが儂にも作用しております。貴方様のお力は絶大なのです。いかなるドラゴンもあれを逃れる術はなく」
ロシュアの返事にイリューアは。
「あっ……そかそか、ごめん。この子護るのに必死で」
あたしのせいか。申し訳なく思っているとすかさずイリューアが言った。
「オマエはそんなこと気にしなくていいの。オマエがいなきゃオレは──────」
イリューアの科白はディズの咆哮に消されて最後まで聞こえなかった。
「んじゃロシュア、この子お願い」
「畏まりました」
ロシュアが差し出す掌にイリューアが近づいた瞬間だった。
閃光が走った。
ロシュアもイリューアも素早く身を躱して直撃は免れたけど、あたしの服の裾は閃光に灼かれて消えた。
「さすが、やるなあ」
感心するところなの? さらにぎゅうと強くしがみつく。
「ちょ、苦しい苦しい」
イリューアがあたしの腕を軽くぽんぽんした。でも力を抜けない。
「やーまずったなあ」
緊張感のないイリューアの声。
「ここを乗りきるのがオレ──って言いたいとこだけど」
ディズの雄叫び。ぱっ、ぱっ、ぱっ、と閃光が散る。怒りに任せてあっちにもこっちにも閃光を吐いてる。背中を冷たい汗が伝う。
「さすがにこれは──オレでも無理っぽい」
イリューアが漏らした。ムリだったらどうなるんだろう。思ったけど口には出せなかった。さらにきつくイリューアにしがみついていたらしい。イリューアが笑う。
「だから苦しいっての」
それからイリューアは首を廻してあたしを見た。ばち、っと視線を絡めたあとでイリューアがにこっとした。ああ──ウユラが笑ってる。そんな場合じゃないはずなのにこころがほっこりした。
「オマエの命、もらうわ」
イリューアがにいっと笑った。前言撤回。これはやっぱり間違いなくイリューアだ。
「ロシュアぁっ、吹雪!」
「はっ!」
ごう、っと音がしたかと思うと、辺りが急に寒くなった。何これ何が起こってる? 周りを見ている余裕がなかった。ぎゅうっと目を瞑ってただひたすらにイリューアにしがみつく。
「……っし。行くよ!」
イリューアはあたしに言った──ようだ。返事ができたのかも解らない。ぎゅん、と後ろに強く引っ張られる。ますます強くイリューアにしがみつく。冷たい嵐を裂くように強い熱が脛やお尻を焼く。寒い熱い冷たい暑い! そして。
「──おまえの魂を天に還す」
やさしいやさしい、ウユラの声を聞いた。
実際にそれを言ったのはイリューアなのは解ってる。でも、あたしにはウユラの声に聞こえたんだ。
きいぃぃやぁぁぁおおおおおおおおぉぉぉう
悲鳴が上がる。恐る恐る目を開けると、遥か遠く、足の下に金色の塊が見えた。それはどうやらディズで、首を上下左右に振り回しているみたい。と。
ぐん、と地面に向かって引っ張られる感覚。もしかしなくても落ちてる。腕の力が抜けた。見慣れたウユラの頭が視界に飛び込んだ。
「ウユラあっ!!」
叫んで手を伸ばす。どうなってんのイリューアは? これってもしかしなくてもあたしのせいか。ごめんウユラ、あたしが──────
どすん、と衝撃がして、目を上げるとすぐそこにロシュアの大きな顔が見えた。
「間に合うたか」
ウユラは? あたしの心配を察したのか、ロシュアはもう一方の掌をあたしに寄せた。ウユラが横たわっている。
「ひっでえ格好。無事か?」
騎乗籠からイーシンが身を乗り出していた。あっちもこっちも痛いしひりひりしてるけど、痛いってことは生きてるってことだ。どうやらウユラも無事だと解ったら気が抜けたみたいになってしまった。ロシュアの指に頬擦りをしていた。
ああ、あたし──────生きてた。
ところで、さっきイリューアが言った、命をもらう──って、どういう意味だったんだろう?
ロシュアはそうっと、あたしを地面に降ろしてくれた。ウユラはぴくりともしない。心配になって痛みを堪えて駆け寄るとどうやら気を失っているだけみたいでほっとした。クルを抱いたイーシンもやって来た。
「クル、どうしちゃったの?」
「さっきのあれで延びちゃった。ドラゴンには強烈に効くらしい」
さっきの。さっきの?
「お主には解らんかったか? イリューア様の雄叫びが」
雌ドラゴンを封じたあれのことか。ロシュアも影響を受けたって言ってた。
「恐らくイリューア様もしばらくは表に出られぬであろう」
ロシュアが呟いた。
「さて、どこかに身を潜めてる首謀者たちを取っ捕まえないと、なあ?」
「うむ」
イーシンの言葉にロシュアが頷く。首謀者たち。長老たちのことか。でもどこに身を潜めているんだろう。きっとウユラも知らないだろうし。結局あたしたちはイーシンの提案で、おじいちゃんたちが身を潜めていた地下壕に戻ってみることにした。未だに目を覚まさないウユラはロシュアが、クルはイーシンが抱えたままで移動する。道中で目を覚ましたクルにはかいつまんで事情を説明した。
「え、イリューアってそんなにすごかったの? じゃあなんで今まで、なにもしないでほったらかしにしてたんだろ?」
クルの疑問ももっともだ。地下壕に入ってクルは真っ先に「管理室」なる部屋に入った。ぎゃあ、という悲鳴が続く。
「イーシン、助けて!」
呼ばれたイーシンが慌てて部屋に駆け込む。あと一時間とちょっとでこの地下壕まるごと吹き飛ぶように設定されていた──とか、なんとか。よく解らない。それからクルはイーシンの助けを得て連絡が取れるすべての地下壕に通信とやらを試みて、うちひとつから反応が見られた、と言った。座標、とやらを記録してロシュアが飛んだ。ウユラはちっとも目を覚ます気配がなくて、心配になったあたしは無理をいってロシュアの掌に載せてもらった。そのせいでロシュアは全力で飛べず、その間におじいちゃんたちが逃げちゃったらどうするのさ、とクルに責められたけど。
「そのときはそのときだろ。もうちょっとこいつの気持ち、考えてやってもよくない?」
意外にも、イーシンがそう助け船を出してくれた。あたしはロシュアの掌で、ただずっと眠り続けるウユラの手を握り続けた。このままずっと目を覚まさなかったらどうしたらいいんだろう。やがてロシュアが地に降り立った。そこには、長老と、四人のおじさんと二人のおばさんがいた。ウユラのお父さんもいたけどお母さんはいなかった。ウユラのお父さんが歩み寄ってきた。
「眠っているのか、ウユラは」
聞かれてあたしは首を振った。
「解らない」
「……そうか。とにかく、こちらへ」
もうひとりのおじさんの手を借りた。ここはどうやら、厳密には地下壕ではないらしい。建物の一室に設えられた寝台に、おじさんたちはウユラを寝かせた。
「長老の話を聞きたいかい?」
そう聞いてきたのはウユラのお父さんだった。聞きたい気もしたけど、ウユラの側にいたかった。
「そうか」
ウユラのお父さんはそれだけ言って部屋を出た。眠っているらしいウユラの手を離せなかった。勝手にぽろりと涙が零れた。起きてよウユラ。
そのあと、イーシンたちと長老たちがどんな話をしたのかは知らない。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。クルに呼ばれてはっとして顔を上げた。ウユラはまだ眠っているようだった。
「……ねえ」
クルがウユラの枕元に座る。
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