第8話
「オレのこと抱きしめて、オレに会いたい、って、強く願って」
言いながらイリューアは、あたしをぎゅうと抱きしめてきた。
「呼んでくれたら出てこれそう」
「………………解った」
他の返事が思い浮かばなかった。
「絶対だよ? 心の底から、本気で、全身全霊で、願ってよ?」
「ハイハイ」
ちょっと適当だったけど返事をしたことで、イリューアは満足したようだ。へへ、と小さく笑う。肩に感じるイリューアの頭の重みが増した。近すぎて状況が解らない。イリューア、と小さく呼びかけてみたけれど、返事はなかった。ゆらりと、騎乗籠が揺れた。
「着いた」
イーシンが振り返る。肩が軽くなった。イリューアがあたしから離れてくれたので振り返って見た。瞬きを繰り返すその瞳は、元の薄茶に戻っていた。
「……あれ? いつのまに騎乗籠に?」
「自分で登ったじゃん、覚えてないの?」
敢えてとぼけた。説明したってウユラを混乱させるだけだし、あたしだってもうすでに混乱しまくってるのに、これ以上混乱のタネを撒き散らしたってどうしようもない。
「それじゃ、行きますか」
クルが言ってウユラの懐に飛び込んだ。
*
長老たちが避難した地下壕は、集落の外れ、ウユラの家と真反対に当たる場所にあった。なぜそんなところに、というと、ウユラの家の近くだと、ドラゴンが暴れた影響をもろに受ける可能性が高いからってことだった。あたしとウユラは、長老から、厳しい表情と口調で禁を犯したことを咎められた。
「でもおじいちゃん、ウユラたちがそうしてくれなかったら、僕は覚醒できなかったよ?」
クルがかばってくれなかったら、禁を犯したお仕置きをされていたに違いない。
「長老、なぜこの集落はこんな生活様式をとっているのか、その理由を聞きたい」
イーシンが問うと、長老は気まずそうに目を伏せた。
「それに見たところ――ここには、ウユラと同年代、もしくは、下の世代は誰もいないみたいだけど、それはどうして? 子どもは子どもで、また別な地下壕にでも押し込めてあるのかな?」
長老はなにも答えずにうつむく。
「理由は説明いたします。ですが、所を変えさせていただきたい。どうぞ、お慈悲を」
イーシンは無表情だった。
「個人的には、この子らにも話して聞かせるべきだと思うけどな。この子らももう、当事者だ」
長老はうつむいたまま地に手をついて、さらに頭を地面にこすりつけるようにした。
「どうぞ、お慈悲を」
「――外へ行こう。今回の件、長老の他に関わっている人間がいるなら、ともに。ロシュアにも聞いてもらった方がいいから。あと――クルも」
ウユラの腕の中で、クルはウユラを見上げた。ぱっと飛び降りるとイーシンの腕に飛び込む。あたしたちには事情は知らされないってことか。子どもだからって除け者にされるのは慣れっこだけど、こころの底の方が、ひんやりと冷えていくようだった。ウユラがあたしの手を握ってきた。冷たい。
「おなか減ったでしょう? 温かい食事を用意するわ。こっちにいらっしゃいな」
名前は知らない、だけど確かウユラの親戚だかなんだかのおばちゃんが、あたしたちを呼んだ。ウユラを見た。小さく頷いたので、おばちゃんに呼ばれるままに地下壕の中を移動する。イーシンはクルを抱き、長老を含めた数人のおじさんやおじいちゃんやらと連れ立って、地下壕の入り口の方へ歩いて行く。おばちゃんが連れて行ってくれたのはお勝手だとは思うけど、あたしが知っているものとは全然違う。
まず竈がない。竈がないから焚付も薪もない。煤けた匂いもしないし、あっちもこっちもぴかぴかできれい。おばちゃんに勧められて、見たこともない形の椅子に座る。おばちゃんは大きな抽斗を引っ張りだして、中を覗き込んだ。そして。
「パンとスープでいいかしら? それとも、麺類にする?」
「あんまりおなか減ってない」
ウユラが答えると、おばちゃんは困ったように笑う。
「そうは言ってもね。こんな状況だし、少しはおなかに入れておかないと、力が出ないわよ?」
「ねえおばちゃん。とっても眠いんだけど、眠れるところはないの?」
それに、ホコリまみれだからお風呂にも入りたい。ウユラが訴えると、おばちゃんはまた困ったように笑った。
「お部屋、あまり空いている場所がないの。ふたり一緒のお部屋でもいいなら」
「あたしは別にいいけど」
即答すると、ウユラがぎょっとしてあたしを見た。
「よくないでしょ。まだ子どもだけど、婚儀を交わしたわけでもないふたりが、同じ部屋で過ごすなんて」
「今さら? あたしとウユラの間で、間違いが起こる訳ないじゃん」
笑いながらウユラの肩を小突いたら、ウユラの顔が見る見る赤くなっていく。耳まで真っ赤になってウユラは。
「解んないじゃん、間違いが起こっちゃうかもじゃん!!」
ウユラの反応に、あたしまで顔が熱くなってきた。ちらっと横目で見ると、おばちゃんはやっぱり困ったように笑っている。全身がかっかしてくる。
「じゃあさ、交代で休もう。ね。ウユラ、先に休んで?」
「でも――」
なかなか首を縦にしないウユラ。気持ちはありがたいけど、他に言えることがなかった。
「あたしここにいます。おばちゃん、ウユラを部屋に連れてってあげてください」
「そうね。ここで押し問答しててもしょうがないわよね。さ、いらっしゃいウユラ」
おばちゃんが少し強引にウユラの腕を引いた。ウユラは何度かあたしを振り返って、そのたびにあたしは笑顔を作って手を振ってみせた。おばちゃんに連れられて歩き去るウユラがすっかり見えなくなってから、はあ、と大きく息を吐いた。
目の前のつるつるの台に、こん、とおでこをくっつけて、瞼を閉じる。お勝手にある台だから、きっと食卓なんだろうけど、こんなにつるつるでひんやりしてる食卓なんて見たこともなかった。このまま眠れそう。少しでも寝心地がいいように、自分の腕を枕代わりにして、改めて眠ろうとした。――てゆうか、なんなのさっきの。今さら胸がどきどきするし。あたしとウユラは、はっと気がついた時には隣にいて、誰よりもいちばん、同じ時間を過ごしてきた。お互いに楽しいことも悲しいこともうれしいことも辛いことも、なんでも分け合ってきた。あたしにとってのウユラは、誰より大事な親友で。
大好きで大好きで、だからそういうふうには──考えないようにしてきた。だってそんなことを想ってもしんどくなるだけだし。なのに突然、あんな雰囲気出してくるとか。今までこんなこと一回もなかったよね? 身体は疲れていて頭が痛い。眠りたいのに寝付けなくてしんどい。ウユラがおかしな反応するから。こっそりウユラのせいにしても、だけどなかなか眠りは訪れてくれなかった。
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