第7話
そういうイーシンも、顔色も悪いし表情も固まってる。
「解ったことはいろいろある。あるけど、たぶんキミらに説明したところで、理解はできないだろう」
声を出さずに頷いたのは、ウユラを起こしたくなかったから。
「なにから話そうか。まず、集落のひとたち。ほんの一部だけど、無事だってことが解った。これからそっちに移動して合流することになってる」
無事だった? 誰がいたんだろう。
「おじいちゃんは無事だった。でも、他のひとのことはまだ解んない」
あたしのこころを読んだみたいにクルが応える。
「動ける?」
改めてイーシンに聞かれて、ウユラの様子を伺った。せっかく眠ってるのに起こしたくないな。けど、そんな悠長なことを言ってる場合じゃない。諦めてウユラの肩を揺すった。
「ウユラ」
何度か名前を呼ぶとウユラが頭を上げた。
「移動するって」
こくんとウユラが頷く。立ち上がってウユラに手を差し伸べる。
「どこに?」
立ち上がったウユラが問い返す。
「もうひとつ別な場所に地下壕があるんだって。そっちに」
寝ぼけているんだろうか、ウユラはどこかぼんやりとしている。
「ちょっと大丈夫?」
頷きかけて、ぴたり、とウユラの動きが止まった。……まさかこのタイミングで? 相変わらず空気読めないよねウユラは。固唾を呑んで状況を見守る。ウユラの薄い茶色の瞳から色彩が薄れていく。そして。完全に銀色になった。あああウユラのばか!!
「……なに、これ。どうなってんの?」
何度か瞬きを繰り返したあとで、ぎらり、と冷たい視線があたしを貫いた。しゃきっと背筋が伸びる。
「ひとことでは説明できない……」
その答えにウユラはにやりとした。伸びた犬歯が見える。まるでドラゴンの牙みたいだ。ぐっと腰に腕が回される。布越しに爪の先が突き刺さる感じがした。痛いって騒ぐほどじゃないけど。
「へえ? ふうん?」
近い近い顔が近い目つきが怖い視線がぶっ刺さって痛い。
「ちゃあんと説明してくんないと、なんっにも解んないんだけど?」
そうだよね。そうなんだけどさ。誰か助けて。
「……ウユラ?」
足下のクルが、つぶらな瞳でウユラを見上げている。
「オマエ……なんで喋ってんの?」
「なんでって――ウユラ、じゃ、ないの?」
クルが首を傾げた。
「ウユラだよ、入れ物はね。あっちのウユラが完落ちしたら出てこれる」
なにがなんだか解らない、という表情で、助けを求めるようにクルがあたしを見た。それもそうか、この前ウユラがこうなったのはたぶん二の月、祈願祭のすぐあとで、クルはまだ卵にもなってなかった。あたしたちのやり取りを遠巻きにしていたイーシンが口を挟んだ。
「複雑な事情があるっぽいけど、時間が惜しいし、とりあえず騎乗籠に乗らない?」
「あんただれ?」
「オレはイーシン。世界の変異を修正する旅をしている」
イーシンの言葉を受けて、ウユラが楽しそうに笑った。
「へぇ」
イーシンも軽く首を傾げている。その目も怖いくらいに透き通っていた。ウユラはロシュアを見上げた。
「じゃあ……あのでっかいドラゴン、やっぱあいつか。なるほどね。まあまあ解った」
何を知ってて何を知らないのか解らないけど、ウユラはあたしの腰に回していた腕を解くと、迷わず真っ直ぐにロシュアに歩み寄った。
「移動すんでしょ?」
「まさか――、そんな」
ロシュアの声が震えている。
「ほんとうに――貴方様なのですか?――――――イリューア様」
ウユラが首をこきこきと鳴らした。
「うん。ひどい目に遭ったよね、お互いにね」
しばらくロシュアはなにも言わず、じいっと瞼を閉じていた。ただでさえ訳が解らないことの連続なので、もう考えることを放棄していた。やがてロシュアは目を開けて、ウユラに対して平服するように、身を低くすると頭を垂れた。
「儂にさえ一切の気配が感じられぬとは……」
ロシュアの声は重々しい。
「あーね、普段は奥に引っ込んでるからね」
それに答えるウユラの声はどこか楽しそう。
「貴方様がお力を揮えたならば、かような事態に陥ることもなかったでしょうに」
「オレの意思でどうにかできたんなら、とっくにどうにかしてたし。ディズが早晩ああなることも予測してたけど、どっちにしたってこのちっぽけな身体じゃあさ、なんにもできねーじゃん」
「殻をお破りになればよかったでしょうに」
ウユラがゆらゆらと頭を揺らす。
「殻を破る? じょーだんでしょ。だってそんなことしたら――さ」
それからウユラは振り返って、射るような視線であたしを見た。
「アイツが悲しむでしょ? オレこれでも、アイツが大好きなんで」
それからまたロシュアを見上げる。
「悲しませることなんてまっぴらごめん、なんだよねえ」
きっぱり言い切るとそのままロシュアの背に向かって歩き始めた。騎乗籠に繋がる縄梯子に手をかけるとためらいもなくどんどん登り始めた。
「ロシュア。あとで事情を聞く」
イーシンがそう声をかけ、ウユラに続いた。騎乗籠の入り口に手をかけたウユラが叫んだ。
「置いてくぞー?! 早く来いよ!!」
クルの指示でロシュアが歩く。
イーシンは籠の前に座っているからどんな顔をしているのか全然見えないし、ウユラはウユラで、あたしを後ろから抱きとめるみたいな格好で座っていて、しかもあたしの肩に顎を乗っけてるから、やっぱりどんな表情なのか解らない。どうやら長老は無事なようだけど、今の状態で対面しても問題ないのかな。思わず漏れた深い吐息にウユラが反応して、小さな声で話しかけてきた。
「なに気にしてんの?」
「こっちのウユラで、長老に会っても大丈夫なのかな、って」
「ああ。それなら心配ないよ。どーせもうすぐ引っ込むし」
「……そうなの?」
「うん。たぶんそのうち説明できるけど、今はまだその時期じゃねーっていうか」
「ところで……さっきの」
「ん?」
「イリューア、って」
「ああ。オレの名前」
「……ウユラ、とは、違うってこと?」
「うん」
返事はくれたものの、しばらくの間があった。
「そのうち説明するし。ところでさ。頼みがあんだけど」
「なに?」
「オマエに、オレを喚び起こすトリガーになってもらいたい」
「とりがぁ? って、なに?」
耳元で、くすっと小さく、ウユラ――イリューア?――が笑った。笑うところ?
「キッカケ、って言えばいいのかな。こういうことをしたら、強制的に、ウユラとオレが交代する、みたいな」
「そんなことできるの?」
「解んない。だから試してみたい」
かなり悩んだ。正直あたしは、イリューアにはできれば会いたくない。あたしのことを大好き、と言ってもらえたことはうれしいけど、あたしはウユラだけでお腹いっぱい満足だ。
「ねえ、お願い」
急に口調を変えてきた。くそ。瞳の色が変わろうと、ドラゴンみたいな牙や爪があろうと、声はまったく変わらない。顔を一切見ない状態で、ウユラの声と口調で頼まれたら、ウユラ本人に頼まれてるみたいで断れないじゃないか。
「――ね?」
しぶしぶ頷いた。
「ありがとう」
イリューアはあたしの肩に、ぐりぐりと頭をこすりつけたみたいだ。
「……それで、なにをどうしたらいい?」
「んー。どうしよっかな。ウユラがショックで動けなくなるような科白を投げつけるとか、どうかな」
あたしの了解をとりつけたイリューアは途端に楽しそうな口調になった。そんなことあたしにできるわけないじゃん。もうちょっと頭を使って欲しい。
「そんなのムリか。あ、じゃあ」
すり、とイリューアがあたしに頬擦りする。
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