第6話

「飛べばそれほど時間は要らぬだろう。イーシンに事情を説明すればよかろう」

「ありがとう」

 ウユラが穴の中に向かって叫んだ。

「イーシン! クル! 聞こえる?」

 少しして、クルの声が聞こえた。ウユラが荷物を取りに行きたい、と叫ぶ。ロシュアに連れて行ってもらう、と。

「解ったよ。こっちはまだだいぶ時間が欲しいから、行ってきて!」

 クルの許可が下りたので、改めてあたしとウユラは騎乗籠に乗った。準備はよいな? ロシュアの声に、筒に向かって返事をした。

「うん、いつでも!」

 羽ばたく音の後にぐらり、と籠が大きく揺れる。やっぱり――怖い。ウユラが背中の辺りをぎゅっと掴んでいる。ロシュアに迷いは感じられなかった。目の前に見えるのは、くすんだ空。集落を焼いた残骸――と言えるのか解らないけど――が、空気中に漂っているような気がした。しばらくしてロシュアは地に降りた。ずん、と衝撃があって、しん、と静かになる。

「もう大丈夫じゃ」

 先に騎乗籠を出た。ウユラが付いてくる。ロシュアが降り立ったのは、旧鉱山のすぐ近くだ。ここであ、っと気が付く。

「……ウユラ、ランプ点けられないけど、どうする? 行ける?」

 またウユラが涙目になった。しょうがない。

「行ってくるから待ってて」

「でも」

「いいから。一本道だし大丈夫。ウユラがいる方が足手まといになりそうだから」

 その言葉に怒りもせず、ウユラは小さく頷いた。しっかり頷きを返す。火の入っていないランプを右手に持って、左手を壁にくっつけて、坑道に踏み込んだ。



 手探りで行動する、ということが、こんなに疲れるものだと思わなかった。でも、視界が利かなくても手で触れたり音を聞くことでいろいろ解ることがある、というのは、驚きだったし発見だった。荷物を置いたあの場所に着いたときに強く思った。そこに出るまでは自分の足音が自分を追いかけてくるみたいに響いて聞こえたけど、開けた場所に出ると音が奥に飛んでいくような感覚になった。ランプを適当に置いて見つけられなかったらまた一苦労なので、持ち手を口に咥えて、地面に這いつくばってあちこち探る。確か――切り替えポイントのある場所に入ってすぐ――左手に荷物を置いた記憶。

 見つけた。

 マッチはリュックのどこかに入れた。手を突っ込んで、ひとつずつ中身を探る。食料を詰めた袋、これは――水筒か。渇きを我慢できなくて、水筒の蓋を外すと中身を喉に流し込んだ。まだ半分くらいは入っていそうだけど、あとで汲みなおした方がよさそうだ。近くに泉があったはず。それから――あった。マッチは貴重だけど、火打石もあるから何とかなる。立ち膝になって、すぐに一本、マッチを擦った。ぽっと辺りが明るくなる。こんな小さな明かりでも、真っ暗闇で灯すとこんなに明るいんだ。荷物に火が移ったら大変だ。少し横にずれる。火が消えた。もう一本擦る。ランプを慎重に地面に置く。風防を外す。さらにマッチを擦って火を移すと、辺りが一段、明るくなった。風防を戻して持ち手もちゃんとして、改めて辺りを照らす。散らかした荷物を確認してリュックに詰め直して背負った。ウユラの荷物をどうしようか悩んで、でも、もう一往復する時間がもったいない。ウユラの荷物をお腹に抱えてランプを持った。うん、大丈夫、歩ける。転ばないように気を付けないと。

 来た時と同じように、左手を壁にくっつけてそろそろと歩き始めた。時々立ち止まって、荷物の具合を直す。ランプがあるだけで安心感が違う。視界の先に小さな明かり。出口だ。少し歩みが早くなる。大声でウユラを呼んでいた。

「ウユラ! 聞こえる? ランプに火を入れたから、こっちも暗くないよ! 聞こえてたら、手伝いに来て!!」

「今行く!!」

 いつになく力強い声だ。しばらくすると明かりの中にウユラの顔が見えた。

「ありがとう!」

 ウユラがにっこりした。手にしていたランプを一旦地面に置いて、それから荷物をウユラに渡した。ウユラは自分のリュックを背負うとランプを持って、それから手を握ってきた。

「何もかも任せっきりでごめん」

 気にしなくていいのに。ぶんぶんと首を振って改めて歩き始めた。坑道から出ると思わず、その場にへたり込んでいた。

「喉渇いた……おなか減った」

 言いながら水筒を取り出して水を飲んだ。干し肉をひとかけら口に入れて噛みしめる。ウユラも自分の水筒を出して水を飲んで、それからパンにかじりついていた。ゆっくり時間をかけて干し肉を噛んで飲み込んでから、ロシュアを見上げた。

「ロシュア、水を補充したい」

「水場はどこじゃ?」

「向こうの林の奥にあったはずなんだけど、ロシュアの身体じゃ木が邪魔で行けないと思う。行ってくるから、ここでウユラと待ってて」

「一緒に行くよ?」

 ウユラが見上げてきて、それにはふるふると首を振った。

「いいから。待ってて」

 ウユラから水筒を受け取り、自分の水筒を手に林に踏み入った。微かな記憶を頼りに進むと、小さな泉が見えてきた。思わず駆け寄って澄んだ水に手を入れると、ばしゃばしゃと顔を洗った。手で掬って冷たい水を飲んだ。水筒を綺麗に洗って新しい水で満たして、来た道を戻る。

「お待たせ、戻ろう!」

 頷いたロシュアの背の、騎乗籠に再び乗った。



 空を飛んで元の場所に戻る。ロシュアの合図で騎乗籠を出る。近くにクルたちの姿はない。

「……まだ中にいるのかなあ」

 ウユラがぽつんと呟く。辺り一面なにもないから腰を落ち着けられるところもない。待っているのも焦れるので、入り口に向かって叫んだ。

「クル! イーシン! 戻った!」

「……りょーかい、こっちはもうちょっと……!」

 クルが返事をくれてちょっとホッとした。それにしても立ちっぱなしって辛い。ウユラが上着を脱いで、埃まみれの地面にそれをさっと敷いた。

「座って?」

 にこっと笑う。いや待って。上着が汚れちゃうし。ためらっているあたしには構わず、ウユラはさっさと座ると改めてあたしを見上げた。にっこりする。

「疲れちゃうし、座ろう?」

 ウユラの涙には弱いけど、笑顔にはそれ以上に弱い。断りきれなくてウユラと並んで座った。あまりにもいろんなことが起こり過ぎて、頭が破裂しそうだ。ウユラがぽん、とあたしの肩に頭を乗っけてきた。

「眠い」

 こんな時に眠いとか、さすがウユラだなあ。

「眠れるなら寝ちゃえば?」

「……うん」

 それっきりウユラは、なにも喋らなかった。集落のみんなはどうなったんだろう。無事にどこかにいるんだろうか。クルが言ってた地下壕っていうのは、今クルたちが何かやってるところとは、また別のところにあるってことなのかな。もしあるとして、どれくらいの大きさなんだろう。集落のみんなは、その地下壕に逃げこむことはできたのかな。リュキは――。肩に感じるウユラの体温が、急にとてもだいじなものに思えた。もしもあたしひとりだったら、こんなにがんばれてない。陽は中天から少し傾いていて、だけどもう鐘が鳴らないので正確な時間は解らない。

「ごめん、お待たせ」

 クルの声にはっとした。意識が飛んでいたみたい。顔を上げると、あたしたちを見下ろしているイーシンと目が合った。

「……疲れたよな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る