第5話
「ここだよウユラ。イーシン、こっちきて」
クルがイーシンを見上げた。
「あ。ごめんちょい待ち!」
歩き始めたイーシンを制して、クルが言う。
「みんなもちょっと離れて? かなり埃っぽくなるよ?」
言ったかと思うと、クルは地に向かって大きく息を吹きかけた。あの小さな身体には似つかわしくない強さだった。もうもうと立ち込めた埃が収まると、地面から取っ手が突き出していた。
「イーシン。出番」
クルが顎をしゃくるような仕草をして、イーシンは素直にその取っ手に手をかけた。
「ん……っ、て、これめっちゃ重いけど? ほんとに開くの?」
「開かなきゃ意味無いじゃん……ロシュアぁ。これ、開けられる?」
クルはなんというか――物怖じしない性格のようだ。クルに頼られたロシュアはうれしそうに歩み寄る。大きな手の大きな爪を、器用に取っ手に引っ掛けて引っ張った。ぼこん、と大きな音と一緒に蓋が外れた。
地中に向かって、縦長に大きな穴が開いている。壁は隙間なく金属で覆われていて、金属でできた梯子がずっと奥まで降りている。覗き込んでみたけれど深くてよく見えない。ランプで照らしてみたらどうだろうと思ったけど、肝心の火を入れるための火着け石やマッチは、鉱山に置いてきた荷物の中。ランプだって火がなきゃ何の役にも立たない。ウユラがクルに問いかける。
「ねえクル、クルは火を吹けるの?」
クルはぷるぷると首を振る。
「もうちょっと大きくならないと無理」
「じゃあロシュアは?」
「儂は炎は吐けん。吹雪は吐けるがの」
ふぶき――ってなんだろう。もう解らないことが多すぎて、いちいち聞く気にもなれなかった。
「おーい! 誰か、いますかぁ!!」
クルが中に向かって呼びかける。クルの声がそのまま返ってくるだけで、他の返答はない。代わる代わるに呼びかけたけど同じだった。最後にウユラが呼んだ。
「おじいちゃん? おばあちゃん? 誰かいないの? ウユラだよ!」
「……返事がないのに踏み込むのもなあ。どうしようか……」
イーシンがため息をつく。ウユラは返答がないかとじっと耳を傾けている。残念ながら、何の反応もない。
「僕とウユラが行こう」
へ? という表情で、穴に突っ込んでいた頭を、ウユラが上げた。
「ちょっと待ってクル、ここ、降りるの……?」
「ウユラじゃないとダメだよ。イーシンを疑ってるわけじゃないけど、この集落の人間以外を、ここに立ち入らせることはできないもん。僕ひとりで梯子を降りられるなら降りるけどさ、どう見たって無理じゃん。ウユラに一緒に行ってもらうしかない」
「そんな……」
ウユラが涙目になった。まったくほんとに、なんでウユラが、ドラゴンを奉る家系の後継者なんだか。あたしがその役目を担えたらよかったのに。
「あたしも行く」
瞳いっぱいに涙を浮かべたウユラの表情が、ぱあ、っと明るくなる。ウユラを先に降ろさせるのは心配で、あたしが先に入ることにした。
「中、相当暗いから、踏み外さないように気をつけて? ウユラが落ちてきたら、あたしまで落っこちるんだからね?」
ちょっと脅すような言い方になったのは、どれくらい深いか暗くて見えないからだ。一歩ずつ確実に梯子を踏みしめて降りる。途中まで数を数えていたけれど「ウユラ、だいじょうぶ?」って声をかけた拍子に忘れちゃった。爪先が地に触れた感覚があった。
「ウユラ。着いた」
それから辺りを手で探る。棒があった。がちゃがちゃしていると、目の前の壁だと思っていたところが奥に向かって開いた。
「!!」
眩しくて目がちかちかする。ランプの明かりなんて比べものにならないくらい――もしかすると、お日様よりも眩しいかもしれない。瞬きを数回、くっきりはっきり見えるようにはなった。だけどそこには、見たこともないようなものが並んでいた。あたしの後から部屋に入ってきたウユラも、じっと黙ったままで部屋の中を見回している。
部屋の広さをどれくらい、と言えばいいんだろう。キャンプで使うテントと比べると、二張分くらい――だろうか。狭い。入って来た方を入り口とすると、残りの三方の壁、あたしたちの顔と同じくらいの高さから天井ギリギリまで、小さな枠で区切られた窓みないなものがずらりと並んでいる。入り口の反対側の窓みたいなものの下には、テーブルみたいな台があって、その上には小さなタイルが並んでいて、所々にセイジュの実みたいな赤くて丸いものもあった。台の一角が勉強机に似てる。椅子もあって、その椅子の前には、窓みたいなものがくっついた板が立てられていた。ウユラの懐からぴょこん、とクルが飛び出した。
「………………あれ?」
クルが首を傾げる。
「なんだろ――これ」
クルにも解らないんじゃ、お手上げた。
「……どうする、クル? イーシン、呼ぶ?」
ウユラが尋ねて、クルはちょっと考え込むように瞼を閉じて、それから。
「――うん。しょうがないよね。これはきっと、キンキュージタイってやつだ」
入り口から外に向かって大声を張り上げた。
「イーシン!! ちょっと、助けて!!」
助けて、をどう取ったのか――梯子を下りてきてあたしたちを見たイーシンの顔は、緊張したように強張っていた。
「どうした?」
直後にイーシンが息を呑んだ。理由はわからないけど。ゆっくりと部屋に入ってくる。
「やっぱりこういう場所もあるんじゃん」
何かぶつぶつ呟きながら、勉強机に近づいた。
「なあクル? これ、オレに触らせてもらっても、いい?」
「――その前に、これが何なのか、僕にも説明してくれる?」
質問に質問を返した。イーシンは頷く。ウユラの懐を飛び出したクルを抱き上げて、イーシンが目の前に並んでいるあれこれについて説明を始めた。
「いっぱい並んでるこれは、監視モニターだろうね。何も映っていないのは、きっとディズの炎でカメラが全部灼かれたからだろう。で、こっちが切り替え用のスイッチ類、この赤いのは――なんだろうな、ステータス表示灯か、エラー通知灯かな。ここに置いてあるのがモニターを制御するためのコンピュータだと思う。電源は着いてるから、スリープモードになっているだけなんじゃないかな。スリープモードっていうのは……」
イーシンが何を喋っているのか全然解らない。
「……お話し中、悪いんだけど」
「――うん?」
イーシンが振り返った。
「あたしたち、外に出ててもいい?」
「うん、てゆうか出てた方がいいかも」
クルが返事をして、あたしとウユラは梯子を上って地上に出た。ロシュアが大きな身体を横たえていた。
「……どうでもいいけど、おなか減ったよね」
埃だらけの地面に腰をおろす気にもなれなくて、立ったままでウユラに話しかけた。
「ほんとだね」
喉も渇いた。疲れた。それを口に出すのも億劫だ。
「……あ。ねえ、ロシュアにお願いしてさ、旧鉱山まで、荷物を取りに戻れないかな?」
ウユラが言った。なんていい考え。
「ロシュア、お願いがあるんだけど!」
ロシュアが首だけを伸ばしてあたしたちを見る。
「荷物、取りに行きたいんだけど、ダメかな?」
「……この後どんな状況になるやも知れぬに、互いに離れぬ方がよいのではないか?」
「でも。正直おなかも減ったし……ロシュアは大丈夫なの?」
「ふむ……。儂とイーシンは、数日なら飲まず食わずも平気じゃが。坊らはそうはゆかぬよな。何より清らなる魂も、まだまだ栄養が必要な時期」
ロシュアは身体を起こした。
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