第9話夜食

ぐうぅ〜



 …腹が減った。

 時刻は23時49分。学校からの課題を寄ろうとしてゲームに逃げていたらこんな時間だ。思えば今日は晩ごはんを食べていない。どうりでさっきから腹の虫がうるさいわけだ。冷蔵庫になんかあったっけな…



「よいしょ…あ」



 ベッドから起き上がり机を見やると白紙の課題が目に入る。確かあれは明日提出の課題だ。



「…ま、食べてからでもできるしな」



 俺は夜食を探すべくリビングへと向かった。





「あー…」



 リビングに来た俺は冷蔵庫の扉を開く。だが、案の定そこにはなにもない。

 いつもなら帰り道のコンビニで食料を調達しているのだが今日は忘れていた。この様子だと綺羅もコンビニには寄っていない。我慢するしか無いか。しかし…



「…あ、お兄」



「…綺羅、緊急事態宣言だ。食料が無い」



「…お兄も忘れてたんだ。私も忘れてたんだよね」



ぐうぅ〜



「…」



「…」



「「じゃんけん…!」」







「…くそ」



 じゃんけんに負けた俺はコンビニへと敗走している。

 じゃんけんの腕にはわりと自信が合ったんだけどな。いつの間にか妹も成長していたようだ。俺の僅かな予備動作を読み切ってのグーを繰り出してきた。あれは見事な一撃だった。



 そうこうしているうちにコンビニについた。家からは徒歩10分ほどのところに位置しているこのコンビニがここらへんじゃ一番近いコンビニだ。

 店内に入ると、少ないが人がちらほらいる。今の時刻は24時12分。学校に通報が行くと面倒だ。教職員がいないか慎重に店内を見て回る。…よし、うちの学校の人はいないみたいだ。

 腹の虫もそろそろ限界だと俺に訴えかけてきている。さっさと買うものを買って家に帰るとしよう。



「めんたいポテチに塩むすび…あとはカップ麺か」



 綺羅から頼まれたお菓子をかごに入れた俺はカップ麺のコーナーへと向かう。カップ麺は種類が豊富だ。醤油に塩、ラーメンにとらわれずうどんや焼きそばまである。最近はまぜそばだの担々麺だの凝った商品まで発売している。



「…とりあえずは倉庫タンメン氷河期味か」



「おや?おやおやおや?見覚えのある人はっけーん!」



 急な声に方を跳ねさせる。声の方に視線を向けると、そこには真奈さんが立っていた。制服姿ではなくパジャマ姿で。



「あれ…真奈さん?奇遇ですねこんな真夜中に」



「いけない子だね傑くん真夜中に外出なんて。お持ち帰りしちゃうよ?」



「はは、それは勘弁してほしいっす。真奈さんこそ、こんな真夜中にコンビニなんて意外ですね。ここから家遠いでしょう?」



「スグルニウムを嗅ぎ回ってたらここについたんだよ。傑くんのせいだからね」



 俺のせいなんだ。ていうかこんな真夜中に外を嗅ぎ回ってるほうがおかしいだろ。早く寝てくれ。



「で、なにしに来たの?」



「お腹減っちゃって。夜食を買いに来たんですよ」



「私夜食とか食べたこと無いや。美味しいの?」



「う〜ん、美味しいっていうよりおいしいですよ。犯罪的な味がします」



「へ〜…じゃ傑くん犯罪者だね。私が逮捕します」



「連れて帰ろうったってそうは行かないっすよ。…真奈さんも食べてみたらどうです?共犯もなかなか悪くないっすよ」



「結婚ってこと?それなら喜んで」



「う〜ん難聴」



 俺の見解では真奈さんの耳には他人の言葉を自分に都合の良いように変換する機械が備わっている。例えば今のように俺の言葉はすべて結婚という一つの事象に繋げられるわけだ。なんとも厄介な耳だ。



「どれがおいしいの?」



「おすすめはこれです。倉庫タンメン氷河期味」



「…それってどんな味がするの?」



「氷河期みたいな味がします」



「へーじゃこれにしよ」



「俺も会計するか…」



 俺は真奈さんと共にレジへと向かった。なんか店員さんにすっごい顔で見られたのは多分気の所為だろう。





「ただいま〜」



「あ、おかえりお兄」



「おじゃましまーす」



「…え」



「はいお菓子。あんまり夜更かしすんなよ」



「え、うん…マジか」



「ねぇ傑くん。私にもそれ言って」



「あんまり夜更かししちゃダメですよ」



「だって傑くんが寝かせてくれないんだもん…♡」



 …なんでこの人ついてきてるんだろう。おかげで綺羅が固まってるんだけど。まぁ気にするだけ無駄か。



「お湯沸かすんでちょっと待っててくださいね」



「は〜い」



 二人分の水を入れたやかんを全く使っていない綺麗なコンロにセットする。うちでは料理など無縁なため、調理器具などは無い。あるのはヤカンと数個のコップだけだ。



「…傑くん、キッチン驚くほど綺麗だね」



「使わないっすからね。食器も無いですし」



「コンビニ弁当ばっかりは良くないよ傑くん?攫って栄養補給しちゃうよ?」



「さらっと怖いこと言いますね。…俺も綺羅も料理できないんですよ」



「じゃ、私が毎日作りに来てあげるよ」



「それはちょっと申し訳ないというか…」



「いいの。傑くんに倒れられたら困るのは私なの。だから、合鍵ちょうだい?」



「えっ」



「合鍵、ちょうだい」



 ここまですっごい魅力的な提案だったが、最後の一言で俺の真奈さんへの信用はどん底へと落ちた。この人に合鍵を渡してしまうといよいよ終焉だ。俺のプライベートゾーンはなくなり、俺の存在は真奈さんに侵食される。それだけはん案としてでも避けるべきだ。

 ここは渡さないの英断なのだが…



「?」



 …彼女の瞳が怖い。俺に向かって強烈な圧を放ってきている。見えない圧倒的なまでの”差”に気づかないほど俺も愚かではない。背中に冷や汗が伝う。

 きっとここでどう足掻こうと彼女に渡す羽目になる。ならば白を切るしかあるまい…!



「…あはは、そうしたいところなんですけど合鍵失くしちゃって…」



「そう言うと思って探しておいたよ」



 驚くべきことに彼女の手にはうちの合鍵が握られていた。

 …おいおい嘘だろ。俺なくしてないし、さっきまで俺のポケットに隠してたはず…帰り道にスられたのか…?



「私相手に隠せると思った?詰めが甘いよ傑くん」



「完敗です…」



「ふふ…これで傑くんの部屋を探りたい放題…♡」



「…勘弁してください。ほら、お湯沸きましたよ」



 瞳孔にハートを浮かべながらにゃんにゃんしている真奈さんを横目に俺は二人分のカップ麺にお湯を注いでいく。…この人ほんとに学園一の美女なのかな。



「何分で食べれるの?」



「これは3分ですけど、個人的には2分ぐらいで食べるともっとおいしくなりますよ」



「ふ〜ん、じゃ2分後に傑くんにあーんしてもらおうかな」



「俺で良ければ是非」



 カップ麺が出来上がるまでの二分間は座って待っていることにしよう。俺は真奈さんの隣の席に座る。

 真奈さんは物珍しそうにカップ麺を見つめては蓋を開けたり閉めたりを繰り返している。もしかして…



「…真奈さん、もしかして…カップ麺食べたこと無いんですか?」



「うん。パパとママが中々食べさせてくれなくてさぁ。良くないって言い聞かせられた」



 うわ俺初めての人に倉庫タンメン氷河期味食べさせるのか…結構やらかしてるぞ。



「傑くんにカップ麺処女取られちゃったね」



「言い方悪いですねそれ」



「事実じゃん。責任取ってよね」



「できる限りは取りますよ。絶対」



 そうこうしているうちに2分が経過した。蓋を開けると、鼻をツンと刺してくるようなスパイシーな香りが鼻孔を刺激してくる。

 最初はまだ少し硬い麺を混ぜる。真奈さんも俺のを見様見真似で麺をまぜている。少し混ぜたら付属の香味油を垂らして完成だ。



「これがカップ麺…傑くん」



「はいはい。あーん」



「あーん…」



「…どうっすか?」



「…辛味の中にある旨味と癖になるようなスグルニウム…傑くんが食べさせてくれることでおいしさが倍増している…これは…」



「これは?」



「氷河期みたいな味だね」



「おぉ完璧な食レポ」



 真奈さんに続いて俺も麺を口に運ぶ。…うん、いつになってもこの氷河期みたいな味は変わらないな。口の中が終わる。



「でも結構辛いね。お口の中が氷河期になってるかも」



「大丈夫ですか?水飲みます?」



 初めて食べるにしては少し辛かったのか、真奈さんが舌を出して苦戦している。

 その時、俺の中の悪魔が囁いた。今真奈さんの舌を引っ張ったらどうなるのだろう、と。一度感じた好奇心は抑えられない。俺の手は既に彼女へと伸びていた。



「…べ?」



「…あ」



「ひゅ、ひゅぐるきゅん?」



 真奈さんは急に掴まれたことへの驚きと謎の状況への気恥ずかしさが入り混じったような表情だった。普段焦ることのない彼女だからこそ新鮮な表情のように見えた。

 


「あ、すっすいません…」



 俺は数秒後に襲ってきた罪悪感に手を離した。真奈さんは開放された舌を引っ込めて口元を手で隠した。



「傑くん!いくら私でもこれは怒るよ!」



「はい…反省してます…」



「するときはちゃんとキスして!」



「なんか怒るところが違う…」



「キス…されるかと思って待ってたのに…」



 真奈さんは頬を赤らめてそう呟く。滅多に見れない彼女の表情に俺は言葉を失った。かりにも彼女は学園のナンバーワン。俺は他の男子生徒のように彼女の魅力にヤラれてしまったのかもしれない。



「あー!辛くてお口の中がおかしくなっちゃいそうだなー!王子様がキスしてくれないとダメだなー!」



「王子様ー、お呼びですよー!」



「違うでしょ傑くん!んー!」



「…何してるんだあの人達」

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