第7話将来有望

「…」



「…嘘」



 固まったリビングの空気。停止した思考。腹の底から冷える感覚が湧き上がってくる。…これは少し面倒なことになったな。



「いや…そんなはずは…傑くんに女がいたなんてリサーチしてもそんな情報は出てこなかった…ましてや同棲してるなんて…まさか体の関係?それともお忍びで付きあっている女?いや、ただ連れ込んだっていう可能性も…」



 恐る恐る真奈さんに視線を向けると、ブツブツと何かを呟きながら何かを考察している様子だった。表情こそ固まっているが、にじみ出てきている負のオーラが彼女の内側を物語っている。



「…傑くん?」



「…」



「…今から緊急会議を開始します。議題はあの女についてです」



 …そういえばまだ真奈さんには紹介してなかったか。てっきり知ってるものかと思って過ごしてた…



「…同棲してるなんて聞いてないんだけど」



「…お兄、この人誰?てか何?めっちゃ睨まれてるんだけど…」



「…真奈さん。こいつは綺羅。妹です」



「いもうと…?」



 雨宮綺羅。俺の妹だ。同じ学園に通うことになり、それに当たって一緒に住む流れとなったのだ。別に連れ込んでいる女でも彼女でも肉体関係を持っている女でもない。



「なんで?」



「なんでって…そう生まれたからとしか」



「くぅ…私だって傑くんの妹として生まれて勢いで結婚したい人生だった…」



「そういうの本人の目の前で言うもんじゃないですよ」



「お兄この人なんかやばいよ…」



 なんか謎に悔しがってるけど、とりあえず誤解は解けたようだ。綺羅は警戒して俺の後ろに隠れたままだが…まぁ仕方ないだろう。この人を初見で理解出来る人間なんていない。



「傑くん、妹だとしても同棲はちょっと良くないと思う」



「いいじゃないですか妹なんですから…他人じゃあるまいし」



「血縁者だからこそ注意しなくちゃいけないんだよ!近い距離感が大きな間違いを生むことにだってなるんだから!」



「どんな確率で起こるんですかそれ…俺がフェルマーの最終定理解くぐらいの確率でしょう?」



「どんなに少ない確率でも起こるパターンはあるんだよ?…だから今日から私と同棲しよう」



「なんでそうなる…大きな間違いの話はどこに行ったんですか」



「私は傑くんとだったらどんな間違いでもウェルカムだよ…♡」



 真奈さんの手がさり気なく俺の頬に添えられる。そんな仕草されても目に♡が浮かんでる時点で微塵もきゅんと来ない。怖い。



「私と同棲したら毎朝キスして起こしてあげる」



「う〜ん、とても魅力的ですけど流石に無理ですね」



「なんと今なら毎日一緒にお風呂といつでもキスできる権利も特典もついてきます」



「お得ですけどキスは真奈さんがやりたいだけですよね?」



「バレた?」



「「えへへ〜」」



「…ダメだこの人達狂ってる…」



「一緒にすんなよ綺羅。この人は別格だぞ」



「そんなの見て分かるよ…お兄も大概だけど」



 さっきまで覚えていた綺羅は今や呆れた様子でため息をついている。こいつは俺よりもしっかり者だからこの人に慣れるのは苦労するだろうな。俺でさえ今でも苦労してる。



「綺羅ちゃんは一個下?」



「…はい。一年です。将来の夢はニートです」



「わー将来有望だね」



「お兄の家に居候するつもりなんでその時はよろしくお願いします」



「…それは認められないね」



 ダメなんだ。別に俺はいいけど真奈さんがダメならな…



「…ていうかそうなると俺と真奈さんが結婚してることになるんだけど」



「…え?お兄この人彼女じゃないの?」



「違うよ?幼馴染だよ?」



「…こんな人いたっけ」



「いないね」



 綺羅は真奈さんの言動に素直にドン引きしている様子だった。この人の感性にはつくづく感心するばかりだ。どうやったらこんなに人を困惑させることができるのだろう。



「…お兄、女たらしは良くないと思う」



「別にたらしてないよ。たらされた可能性はあるけど」



「なにそれ…朝から頭痛いんだけど…」



「頭痛薬ならそこのタンスだ。それかナデナデしてやろうか?」



「おねしゃす」



「な…!?!?」



 頭痛に一番効くのはナデナデだ。昔よく母さんにやってもらっていた。痛みには安らぎをぶつけるといいって良く言い聞かせられてたな…



「よしよし〜…」



「んぅ…」



「な…な…」



「どう?痛み引いた?」



「あともうちょっと」



「なー!!!!」



「どしたんですか真奈さん。なーなー言って」



「な〜…」



 真奈さんが頭をぐいぐいと押し付けてきた。真奈さんも頭痛いのかな?頭痛が痛いときぐらい誰にだってあるしな。



「ナデナデしますか?」



「なー…」



「よすよす…」



 優しく真奈さんの頭を撫でる。真奈さんは猫のように喉を鳴らしながら俺の膝に顔を埋めてきた。この人度々猫化するよな。見えないはずの猫耳が見える…



「すーっ…はぁーっ…」



「…膝に顔を埋め深呼吸する猫」



「スグルニウムが体に充満していく…」



「お兄この人謎の成分吸引してるよ。毒物だよ毒物」



「スグルニウムは傑くんから発せられる気体のことで私に幸福感と快楽を与えてくれる合法的な麻薬に近い成分

だよちなみに体育の授業のあとは発せられる量が増加して授業中に絶頂してしまいそうになるほど幸せな気分になるんだよあとこれを吸うと寿命が伸びる」



「…お兄、この人将来有望だよ…」



「聞かなかったことにしよう」



「すぅーっ…傑くん、後で部屋着頂戴」



「何に使うか次第であげますよ」



「私の部屋着にする。…はぁーっ」



「吸引力…」



「んー、まぁそれならどうぞ」



「わーいやったぁ」



「マジかお兄…」



「減るもんじゃないしいいでしょ」



「減るもんだし良くないよ…はぁ、もうお腹いっぱいだわ。私先に学校行ってるね」



「あ、もうこんな時間…傑くん、私達も準備しないと」



「えー、着替えがめんどい…」



「手伝ってあげるからほら、行くよ!」



 あー、今日も面白い一日になりそうだ…

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