第5話サマーソルトする源氏

「ふわぁ…」



「おねむだね傑くん」



 朝のおぼろげな空気が残る教室。私は隣にいる幼馴染の傑くんの微笑ましいあくびを見てそう言った。

 私の隣にいる雨宮傑くんは私の幼馴染。本人はなぜか記憶がなくなっているみたいだけど、幼馴染は絶対的な事実だ。絶対に。



「昨日はあんまり眠れなくて…」



「何かあったの?」



「いや、蛙に爆発させられる夢を見て…」



 十中八九昨日の会話のせいだ。傑くんは小さい頃に蛙を爆発させる遊びをしていたらしい。何を食べたらそんな酷い遊びが思いつくのだろうか。発明した人はきっと蛙に相当な恨みを持っていた人なのだろう。



「あはは、それは災難だったね。ぎゅーする?」



「…遠慮しときます」



 …少し迷ったね。流石にすんなりとは来るはずないと思ってたけど、少し押したら行けそう。



「えー?幼馴染だったら普通にやるけど?」



「それ幼馴染だった場合ですよね?俺たち幼馴染じゃないんですけど…」



「…何言ってるの?私達幼馴染だよ?」



「…その手には乗りませんよ真奈さん」



 はぁ…相変わらずしぶといね。人は脅したら何でも言う事聞くって聞いたんだけどな…後でもう一回やり方聞いてこよう。



「…うい〜」



「あ!紅蓮!」



 スライド式のドアが開くと、短髪の額に傷の入った男子が入ってくる。真紅の髪色が特徴的だ。目つきは少し悪くて、シュッとした目元の影響で少しガラが悪く見える。

 あの人は確かいつも空いてる席の人だ。入学式のときに一瞬だけ見かけた。よく欠席している。傑くんの顔を見ると、表情を明るくさせてこっちに向かってくる。



「お、よぉ傑。久しぶりだな。そっちは…」



「…傑くん、知り合い?」



みなもと紅蓮ぐれん。俺の親友です」



「紅蓮です。源氏の末裔です」



「はぁ…斑鳩真奈です。傑くんの幼馴染です」



「違います」



「あぁ!アンタが斑鳩か!傑から優等生だって聞いてます。仲良くしてもらえると嬉しいです!」



 以外にも礼儀正しく、紅蓮くんは私にペコリと頭を下げてくる。なんかヤンキーっぽいけど…案外いい人?



「紅蓮、そっちの仕事は済んだのか?」



「あぁ。ようやく一段落だ。しばらくは学校に来るよ」



 私は耳に入ってきた『仕事』というワードが引っかかった。高校生が普通働いているはずがない。もしかして学校に来ていなかったのはそれが理由…?



「仕事?…紅蓮くん働いてるの?」



「はは、ちょっとだけっす」



「…もしかして学校に着てなかったのってそれが理由?」



「はい。家族ぐるみで働いてまして」



 家族ぐるみって…かなり家計が苦しいのかな?なんか良くないこと聞いちゃったな…



「ごめん、嫌なこと聞いちゃったみたいで…」



「嫌なこと?…あー、違いますよ。家計が苦しいとか、そういうことじゃありません」



「え?じゃあなんで…」



「平家の奴と戦ってるんですよ」



「えぇ…源氏と平家の戦いってまだ続いてたんだ…」



 なんかさも当然のように言ってるけどこの現世に殺し合いしてるのかな?警察とか来ないの?ていうかなんでまたご先祖の確執を掘り起こすようなことを…



「すごいっすよね。この前桶狭間で戦ったらしいですよ」



「えぇ…ちょっとついていけてないんだけど」



「はは、無理もないっすよ。このご時世に戦いなんておかしいですよね」



 ほんとだよ。なんで戦ってるの?もう終わったことじゃなかったの?歴史の教科書変わるかも…



「…ところで、真奈さんはもしかして…」



「はい。おさなn「違うから」



「紅蓮、騙されるんじゃない。この人はただの完璧美少女だ」



「なんだただの完璧美少女か〜ならしょうがないな」



 一体何がしょうがないんだろう。なんかこの人私と違う次元を生きてるような…

 もしかして傑くんの友達って…ちょっと変?



「…あの、真奈さんに一つ聞きたいことがあるんすけど…」



「私に答えられるものであれば何でも。ちなみに傑くんの今日のパンツは黒です」



「なんで知ってるんですか」



「幼馴染だと分かるんだよ」



「いつから幼馴染はそんな万能な立ち位置になったんですか…」



 嘘だ。本当は朝男子トイレの前で見かけたから覗いただけ。結構人に見られてたけど大丈夫。私成績はいいから。



「…純華って名前知ってます?」



「純華ちゃん?純華ちゃんなら隣のクラスにいるけど…今日は休みだったかな?」



「…そうっすか。ありがとうございます」



「…なんで純華ちゃんのことを?」



「ちょっと訳ありで。すんません」



 …なんで純華ちゃんのことを聞いて来たんだろう。紅蓮くんからにじみ出てくるただならぬ気を感じたけど…仲悪いとか?純華ちゃんの名字は三井だし…源氏ではないよね。でも平家でもないし…



「それにしても…なんか傷増えた?」



「あー、多少は増えたかもな。いちいち傷なんて気にしてられないから細かくはわかんねぇな」



「戦いっていうと…やっぱり甲冑で日本刀で?」



「いや、俺の場合は肉弾戦っすね」



 肉弾戦なんだ。お侍じゃないんだ。なんか解釈違いというかなんというか…最近の源氏ってわりと武闘派なのかな…



「俺最近サマーソルトできるようになったんだぜ?すごいだろ」



「マジ?すっげぇなお前。ガ○ルじゃんガ○ル。サマーソルトとかできたら平家なんて一網打尽だろ」



「そんなでもねーよ。相手昇龍拳使ってくるし」



「サマーソルト…?昇龍拳…?」



「お、珍しく真奈さんがキャパオーバーしてる」



「ふえぇ…傑くぅん…」



「はいはいよしよし。…今日一日はこのままかな?」



「…なんか悪いことしちゃったか?」



「いや、いつもこんな感じだから」



「いつもこんな感じなのか…お?もしもし…は?奇襲!?どこで…分かった。今すぐ向かう」



「なんかあったのか?」



「…隣町で奇襲を仕掛けられたらしい。今から行ってくるわ。先生によろしく言っておいてくれ。じゃーな!」



「おっけー…行っちゃった」



「にゃーにゃー…」



「真奈さんもキャパオーバーして猫になっちゃった…せんせー、紅蓮帰りましたー」



「おーそうか。てか来てたのか。…真奈はどうした」



「なんかキャパオーバーして猫になっちゃいました」



「傑くんの股間いい匂いがするにゃー」



「…やっぱり変態だったみたいです」

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