第4話二人の出会い
私は常に頼られる側だ。他人よりもちょっと優れている。そんな理由だけで私のその対象になる。
「斑鳩さん、ここ分からなくて…」
「斑鳩さん、今日私委員会で忙しくて日直変わってほしいの…」
「斑鳩、ちょっと手伝ってもらえるか?」
私はそれら全てに笑顔で答える。『はい』と。そう教えられたから。
強い者は弱い者を助ける。それは私の中での鉄則だ。弱い者が強い者を助けられることはできない。そう教えられたから。それはいつだって変わらなかったし、今だって変わってない。
私はそれまで自分よりも弱い者にしか出会えていなかった。だからいつも頼られる側。私は誰にも頼れない。少し頭がいい。少し運動神経がいい。少し顔が整ってる。ただ、それだけの理由で。
そんな中で出会った彼は、私の中でとりわけ異質な存在だった。
「真奈さん、これ先生が…」
「え…」
名前を呼ばれた。いきなり初対面の人に。その時の私にとってはかなりの衝撃だった。彼はそんな私に首をかしげながらプリントの束を手渡してきた。あいも変わらず平然とした様子で。
「今度の全校集会でのスピーチの件だってさ。すごいね」
「…そうかな。別に、普通だけど」
「…それは?」
彼が手元の学級日誌を指さす。今日日直の代理で受け取った学級日誌だ。
「…学級日誌」
「あれ?今日真奈さん担当だっけ?」
「…今日は代理。愛花さんが委員会で忙しいって」
「…愛花さん、さっきクラスの女子と帰ってたけど」
「…」
分かっていた。彼女は担当の日には毎度のように私に頼み込んできているから。こんなことは日常茶飯事だ。強い者だけが馬鹿を見る。でも、私にそれを拒否する権利は無い。なぜなら、そう教えられたから。
「…騙されちゃった?」
「…別に、知ってたよ」
「あはは、そっか。不運だったね」
「…不運?」
「そうだよ。不運。真奈さんは不運なことにたまたま任されて、たまたま騙されてしまいました。神様の意地悪だね」
確かに、不運なのかも知れない。私が今日日直をしているのも、私が頼られる側なのも、私がこう育ってしまったのも。不運で片付けられたら、どれだけ幸せだったか。彼の言葉に以外にも反論ができない。私にはペンをぎゅっと握りしめる事以外に抵抗の手段が無かった。
「よいしょっと…」
彼は私の隣に椅子を持ってくると、腰をどかっと下ろして座り込んだ。疑問に思った私が不思議そうな視線そ向けていると、彼が問い掛けてくる。
「真奈さんはさ、どんな人が好き?」
「…は?」
私は彼の質問に凍りついた。その時の彼と私は初対面。そんな相手にいきなりする質問ではない。マナーがなっていない。
彼は固まった私のことなど気にせずに続ける。
「俺、優しい幼馴染がタイプなんだけどさ、幼馴染のやつ結構ツンツンしてて…」
「ちょちょっと…」
「…?何?」
「…いきなりなに?」
「何って…タイプ聞いてるだけだけど?」
「そうじゃなくて!…いやそうなんだけど!」
「…あぁ」
彼は私の言いたいことが分かったのか、察したような表情だった。
「なんか一人で騙されたって思うと嫌じゃん?だっから俺も一緒に騙されたって体でいこうかなって」
「…なにそれ」
「まぁまぁ。で、好きなタイプは?」
「…私と同じぐらい強い人。私より強すぎても、弱すぎても嫌」
「なにそれ?もしかして真奈さんって戦闘民族?」
「…戦闘民族?…多分違う。強い者は弱い者を助けなくちゃいけない。私はいつも助ける側。私より強い人なんていない」
「へー…なんで強すぎちゃダメなの?」
すんなりと私の話を飲み込んで聞いてくる彼には私は少し驚いていた。どうせこんな話をしたところで分かってくれる人なんていないと思っていたからだ。
そのときに湧いてきたのその感情は今でも覚えている。どこか悶々としていて、それでいて期待に溢れたその感情を。
「…頼ってばかりは嫌い」
「頼ったこと無いのに?」
「…そう。あんまり頼ったことが無いから、慣れてない」
「そっかー。頼るってわりと悪くないよ?」
「…そうなんだ。私は強いから頼れない。だから分からないんだ」
「…それって絶対?」
うつむいた私に彼はそう問い掛けてきた。私はそこで再び固まってしまった。
その時、私にとって絶対だったそれが何故か揺らいだ気がした。今までそんなことは一度だって無かった。疑問を感じるのと同時に私は絶対を揺るがす彼という存在に強く惹かれたのだ。
「絶対…かな?」
「なぜに疑問形…まぁいいや。別に強くても弱い人に頼ってもいいんじゃない?」
「…弱い者が強い者を助けることはできないんだよ」
「そうなの?別に弱くてもできることぐらいあると思うけど…うーん、気持ちの問題かな?」
「気持ちでどうにかできたら苦労しないよ…私だって、こうなってない」
「そっか。…じゃあさ、試しに俺に頼ってみたら?」
「…え?」
「俺と真奈さん今日話したばかりだし、俺がどのぐらい強いか分かってないんじゃない?もしかしたら俺は真奈さんよりも弱いかもしれないし、強いかもしれない。でも分からないからこそ頼ってみるのも手じゃない?」
その提案は私の中の世界にとって異質でしか無かった。今までにない『人に頼る』という選択肢。それを彼は軽々しくも私に与えたのだ。だが、彼の実力などとうに知っている。
「…ふふっ、君は私より弱いよ」
「な…そんな自信満々に言われると否定できない…」
「…名前」
「え?…もしかして間違えてた?」
「違う。名前、教えて。一緒に騙されたんだから日誌に名前書いてあげる」
唖然とした様子だった彼は数秒後にポツリと呟いた。
「…雨宮傑」
「雨宮傑、ね…」
「お、俺だって真奈さんに何かできることぐらいあるし…」
「じゃあ何?」
「…昨日の天気を伝えられる」
「明日じゃないんだ…」
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