第3話洗脳

「ふぃ〜…」



 日直の号令でHRが終わりを告げる。今日も一日長かった…

 背伸びを一つした俺は隣の真奈さんを見やる。案の定、輝かしいその黄金の瞳でこちらを見つめていた。



「傑くん、一緒に帰ろう!」



「…真奈さんの家って俺の家と真反対のところですよね?」



「細かいことは気にしない!芸人さんもそう言ってたよ!」



 帰るんだから家の位置は重要なことだと思うんだが…どうやら彼女にとっては細かいことらしい。どこへ行った完璧美少女。全速力で戻ってきてくれ。



「細かいことまで気にしたほうがいいのでは?」



「固いこと言わないでさ。ほら、行こ」



 俺は真奈さんに押される形で教室を出た。






「懐かしいねこの道。よく二人で散歩してたよね」



「いや知らないんですけどどこですかここ」



 学校を出た俺は真奈さんに連れられて帰宅していたはずなのだが…なぜかいつもと違う道を歩いている。懐かしいとか言ってるけど当然分からない。この人もしかして俺の家の位置分かってないのでは…?



「え〜?覚えてない?小学生の頃はここ歩いたじゃん」



「小学生って俺と真奈さん出会ってないし、地元別々ですよね???…あれ?一緒だったっけ?」



 この人と話してると常識の平衡感覚がぐらぐら揺るがされる感じがする。そのせいで俺の脳がパニックを起こして記憶が度々あやふやになる。このまま順当に行くと俺の記憶が書き換えられる。まずい。



「お、思い出してきた?私とここ歩いてたこと」



「いや…そんなはずは…」



 溢れ出す存在しない記憶に俺が頭を抱えていると真奈さんが俺の顔をその胸に埋めてきた。彼女からふわりと香る花の香りが俺の思考を遮ってくる。モヤが掛かったような脳で俺は錯乱状態に陥っていた。



「二人でグリコしながら帰ったよね?傑くんじゃんけん弱くてさぁ…ふふっ」



「な…あ”…ぁ…」



「負けたら何でも言うこと聞くってルールでよりによってその時は私が負けちゃってさ。傑くんがお嫁さんになれって…」



「あーそれは無いですね。嘘です」



「…なんでそこで正気に戻っちゃうの?」



「過去の発言には自信があるので。ていうか人のこと洗脳しようとしないでください」



 あっぶねー。あやうく記憶を都合よく書き換えられるところだった。この人こんなこともできるのかよ。恐ろし…



「昨日頑張って洗脳のやり方覚えてきたのになぁ…」



「…洗脳って一日で覚えられるものなの?」



「頑張ればできるよ。頑張れば」



 この人は随分と軽々しく言ってくれるな。あくまで真奈さんの才能あってのことだ。普通の人は一日で洗脳なんてできない。



「傑くんもやってみる?やり方教えるよ?」



「遠慮しときます。あいにく俺は人を洗脳する趣味は無いので」



「そっか。私を洗脳すれば好き勝手できるのにね」



「…試しにやってみますか」



「よーし、そうこなくちゃね。それじゃ、向かい合って」



「はい」



「そして私の目をしっかり見て」



「しっかりと見る…」



「そして洗脳したい内容をゆっくりと唱えて」



「…真奈さんは俺の幼馴染じゃない。ただの友達です」



 俺がゆっくりと唱えると、真奈さんは一度ショックを受けたかのように肩を跳ねさせる。先程とは違ってとろんとした目つきになった真奈さん俺に寄りかかってきた。



「…真奈さん?」



「私は傑くんの幼馴染ですぅ…お嫁さんになりますぅ…♡」



「う〜ん???おかしいぞ???」



 あれぇ…?俺が唱えたのと真反対の状態だしなんか余計なものまでついてきてるんだけど…?やっぱり洗脳なんてすぐにできるものじゃないな…

 …ていうか解除の方法聞いて無くね?俺は自力で突破したからいいけど、かかってる場合はどうせればいいのだ…?一発殴るとかか?



「傑くん…結婚して…♡」



 …あー、なるほど。どうやら解除の方法を教えてもらう必要は無いみたいだ。



「…戻ってるんですよね。真奈さん」



「…バレた?」



「バレバレですよ。いつも隣で見てるんですから演技ぐらい分かります」



「そっかー、幼馴染だもんね。やっぱり分かっちゃうか〜」



 …話聞いてたのかなこの人。それともまだ洗脳かかってるのかな?一発殴ったほうがよろしいのかな?



「ふふっ、そんな顔しないで。幼馴染なら冗談ぐらい言い合うでしょ?」



「それ幼馴染の場合ですけどね?」



「そうだよ。だから私達に当てはまるね〜?」



 この人無敵か…?なに言っても同じ返答が帰ってくるんだけど…まるで会話のキャッチボールがなっていない。これじゃドッジボールだ。



「それじゃ、行こ。ここから傑くんの家まではそう遠くないよ」



「そうなんですか?…真奈さん」



「なに?」



「…最初に真奈さんの家に行きましょう」



「え…お、お誘い…?」



「違いますよ。俺が先に家に帰ると真奈さんが一人で帰ることになっちゃうでしょう?夜道に女子一人は危ないです。送っていきますよ」



 真奈さんは俺の言葉に珍しく固まっていた。…何か変なことでも言ったか?別に女子を送るぐらい普通のことだよな…?



「…真奈さん?」



「…その」



「その?」



「…初めてなので、優しくしてください…」



「だからお誘いじゃないですって…」

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