第2話お弁当

 こんなことを自分で言うのも考えものだが、俺は結構普通な人間だ。学力も普通、運動神経も普通。容姿だって整ってる訳では無いがそれほど醜いわけでもない。普通だ。



 普通に育って普通に進学して普通に学園生活を楽しんでいるわけだが、そんな俺の中でとりわけ異質なのが彼女とのつながりだった。



「ねぇ傑くん、ご飯一緒に食べよ?」



 隣でお弁当を片手に微笑む彼女、斑鳩真奈。学園の中でもトップの人気を誇る彼女の本性は俺の幼馴染を名乗っている変人だ。人の記憶を定期的に書き換えようとしてくるのやめてほしい。



「いいですよ。購買行ってくるんでちょっと待っててください」



「そんな傑くんに朗報でーす!なんと傑くんの分までお弁当を作ってきました〜!」



 真奈さんの隠されたほうの手からお弁当がもう一つ出てくる。にっこりと微笑んだ彼女の表情とは裏腹にクラスメイト達の視線は冷たい。主に男子。正直この空気はいつになっても慣れない。



「…用意がいいですね真奈さん」



「いつも購買のパンだと栄養が偏っちゃうからね。幼馴染の体調を気遣うのは当然なのです!」



 当たり前のように言い放っているが、この人は俺の幼馴染ではない。高校になって知り合ったただの友人だ。

 俺は周りの男子から突き刺さる視線を無視して真奈さんから半ば押し付けられるようにお弁当を受け取る。どうやら俺に選択の余地は無いようだ。



「それでは、屋上へGO!」



「はいはい、あんまり押さないでください…」



 俺は真奈さんに背中を押されながら屋上へと向かった。






「じゃーん!お幼馴染の私が作った特製のお弁当でーす!」



「おぉ…」



 二人きりの屋上。お弁当の蓋を開けるとそこには俺の好物がたくさん詰め込まれていた。唐揚げに卵焼き。きんぴらごぼうと別で添えられた柴漬け。見事に俺の心を射抜いてきている。



「俺の好物ばっかりっすね」



「傑くんの好物は既にインプット済みだからね!あと私の愛が詰まってます」



「わぁ〜それはすごいや」



 …真奈さんからの愛とか、売ったらうん十億とかで売れるんじゃないか。愛に飢えてる人に売ってあげようかな。



「それじゃ、食べよっか。いただきまーす」



「…あの、真奈さん」



「なに?」



「…お箸ついてないんですけど」



「え?当然でしょ?」



 俺が疑問符を浮かべていると、真奈さんは箸を手に取ると俺の弁当からから揚げをとって俺に差し出してくる。



「はい、あーん」



「…そう来たか」



 そうか。そういうやつだったこの人。第一、この人が忘れ物するはずないもんな…



「どうしたの?あーん」



「あーん…」



 俺は差し出された唐揚げを抵抗せずに口に運ぶ。…うん。美味しい。醤油ベースの味付けの中に生姜とにんにくの風味がアクセントになっている。俺が好きそうな味だ。



「おいしい?」



「…はい。美味しいです」



「ふふっ、良かった。昔は二人でよくこうやって食べてたよね〜」



 また俺の知らない存在しない記憶が飛び出てきた。何度も言うが、俺は彼女の幼馴染などではない。ただの友人だ。



「…そうでしたっけ?」



「そうだよ。…もしかして覚えてない?二人でよく食べたじゃん。雀の塩焼き」



「うーん、それは本当によくわからないっすね」



 なんだ雀の塩焼きって。雀って食えるもんなのか?なんか俺ら恐ろしいもの食べてない?



「あははっ、冗談だよ〜そんなに困惑しなくてもいいじゃん」



「やめてくださいよただでさえ存在してないのに…」



「はい、次はきんぴらごぼう。あーん」



 真奈さんの箸が運んでくるおかずを抵抗すること無く口に運んでいく。…今思ったけど、これ間接キスでは?…まぁいいか。間接だし。ノーカンでしょ。



「ん〜、傑くんの味がする」



「食べながらそれ言うのやめましょうか」



「なんで〜?本当に傑くんの唾液の味するんだもん」



「俺の唾液の味なんて知らないでしょ…冗談でも言わないでくださいよ」



「えへへ〜」



 …この人微笑んだら万事解決すると思ってるだろ。…そうだけど。



「おいしいね傑くん」



「よくない言い方ですけど美味しいですね」



「懐かしいね〜二人でよく公園で遊んだあとにお弁当食べてたっけ」



「また存在しない記憶掘り起こしてくるのやめてもらえます?なんかさも当たり前のように言ってますけど…」



「あの頃はいつも一緒だったよね…今もだけど」



「おい」



「…傑くんって私がいないときどんな遊びしてたの?」



 この人話逸したな?分が悪いからって逸したな?



「…一人のときですか?えー…蛙爆発させてましたね」



「…なにそれ」



「やりませんでした?蛙爆発させる遊び。俺のとこだと流行ってたんですけど」



「いやいやいや、どういう流行りなのそれ。ていうかどうやって蛙爆発させるの?」



「ストローで空気入れて爆発させたり…あとは踏んづけたり…」



「えぇ…蛙化だよ。私以外だったら蛙化してるよその話」



 …しないんだ。蛙爆発させる遊び。俺の地元だと流行ってたんだけどな…



「…なにその目。まさか私のこと爆発させようとしてる?」



「してませんから。なんですか人間爆発させるって」



「私はストロー入れてもキスされても爆発しないからね!できるもんならやってみな!んー!」



 真奈さんが少し頬を赤らめて口を突き出してくる。…これは待ってるやつだろうけどしない。絶対にしない。

 プルプルと震えながら俺の口づけを待っている真奈さんの顔を見つめる。これはこれで無理矢理キス顔させてるみたいでなんか罪悪感が…



「…なんでしないの!幼馴染だったらするでしょ普通!」



「幼馴染でもしないし、まず幼馴染じゃないです。冗談きついですよ真奈さん」



「冗談じゃないもん!本気だもん!というか幼馴染だもん!」



 この人なんかIQ低下してないか…?才色兼備の完璧美少女はどこに行ったんだ…



「こうなったら私が傑くんを爆発させてやる!んー!」



「あーはいはい、うわー爆発するー…」



「ん”ー!」



「なんかそっちが爆発する勢いなんですけど大丈夫ですか?ちょっと?」






「…なぁ」



「ん?」



「あいつら俺らがいること分かってやってんのかな」



「当たり前だろ。ここ俺たち以外にも人いるし。屋上だぞ?昼休みの人気スポットだぞ?人がいないわけ無いだろ」



「じゃあなんであんなことできるんだ…」



「知らねぇよ。お家芸だろお家芸」

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