隣の美少女斑鳩さんは俺の幼馴染らしい。

餅餠

第1話幼馴染、始めました。

 俺の隣には美少女がいる。



 あえてもう一度言おう。俺の隣には、美少女がいる。

 俺、雨宮あめみやすぐるは何の変哲もない高校生だ。昨年に入学したこの白杉学園で高校生活を絶賛エンジョイ中なのだ。

 そんな俺の席は窓際の角の席。日差しが心地よく、授業中でも外の景色がよく見える。俺は主人公席だと勝手に思っている。

 


 そして俺の隣の席にいるのは斑鳩いかるが真奈まなさん。学年問わず名の知れた優等生だ。文武両道、才色兼備、完璧少女。彼女に似合う呼び名はいくつもある。

 入学当時から同級生達を魅了した真奈さんは当然ながらこのクラスの人気者だ。必要以上にみんなから頼られ、そして憧れの的となっている。

 羨望、関心、期待。それらの視線をすべて受けても押しつぶされる事無く彼女は輝く。どの光を受けても輝く宝石のように。



 俺は昨年は真奈さんとは別のクラスだった。ただ度々話す仲ではあったのだ。言うなれば『廊下で会ったら挨拶する』レベルの関係だ。そのレベルだったのだ。

 互いに自分の悩みを話すぐらいには仲は良くなっていたのだが、それ以上では無い。強いて言えば知り合い以上友達未満と言ったところか。



 今年になって俺は真奈さんと同じクラスになり、席替えによって誰もがうらやましがる真奈さんの隣+窓際とかいう超ラッキーな席になったわけだが…俺には一つの疑問が生じることになった。

 それは、俺と彼女の関係だ。



「傑くん、昔二人で遊んだ公園覚えてる?あそこなくなっちゃうんだって。残念だなぁ〜」



「…真奈さん」



「なに?」



「…俺達って昔遊んでましたっけ?」



「え?遊んでたじゃん」



「…質問変えますね。…俺達ってそんな親しい関係でしたっけ?」



「なに言ってるの?当たり前じゃん!私達…幼馴染なんだから」



 …今一度整理しよう。俺と真奈さんが出会ったのは昨年だ。そして俺は昔彼女と遊んでいたという事実も無い。そして記憶喪失したという過去も無い。関係も先程言った通り知り合い以上友達未満。

 …俺はいつの間にか彼女の幼馴染になっていたらしい。俺が知らないうちに過去が改変されていたのだろうか。それとも俺の記憶は改ざんされているのだろうか。



「…真奈さん」



「?」



「俺達いつから幼馴染になったんでしたっけ?」



「そんなのずっと前からだよ。生まれる、ずっと前から」



 …変なものでも食べたのかな?真奈さんは期末考査で満点を連発するほどの記憶力の持ち主だから忘れるなんてことは無いはずなんだが…宇宙人に脳みそでもいじられたのだろうか…



「私なにかおかしいこと言った?」



「いや…おっかしいところだらけというか…」



 ニッコリと笑って小首を傾げる真奈さんを見ると、彼女を肯定したくなるのだがここはぐっと抑える。ここでこの事実をあやふやにしたら一生解決する気がしない。



「…傑くん、なんかおかしいよ?よく二人でお風呂入ったじゃん」



「たとえそれが事実でもそんなおっきい声で言わないでください…周りの視線が痛いです」



「気にしなくていいんだって。私達、幼馴染でしょ?」



 いつから幼馴染はそんな万能なワードになったのだろうか。免罪符的な扱いをされても後で苦労するのはこっちだからやめてほしい。



「…もしかして覚えてない?」



「覚えてないというか、存在してないというか…」



「二人で裸で弄り合ったことも?」



「それはほんとに無い。存在しない記憶を掘り起こしてくるのやめてください」



「へー、そういうこと言うんだ。いいもん。それならこっちにも考えがあるから」



「いや俺そんな酷いこと言いました?結構的を得ていると思うんですけど…」



「これ、持ってるでしょ?」



 真奈さんは鞄から一つの指輪を取り出した。…あぁ、読めたぞ。『小さい頃結婚するって約束したよね?』のあれだ。定番かつ変えられない黒歴史として幼馴染の呪いとして当人を苦しめ続ける呪いの一つだ。厄介なものを持ってきたな…



「これは私達が約束したときに交換した指輪だよ。…傑くんも持ってるでしょ?」



 …ほう。なるほど。真奈さんはどうやら致命的なミスをしてしまったようだ。

 真奈さんは『約束したときに交換した』と言った。それが事実なのだとしたら俺の方にも指輪がなければ辻褄が合わないのだ。だが、俺はあんな指輪は持っていない。つまり、この事象は成り立たない。



「…残念ですけど、俺そんな指輪持ってないですよ?」



「胸ポケットをご覧ください」



「…え?」



 …嘘だろ。

 俺が恐る恐る胸ポケットを探ると、そこにはあるはずのない指輪があった。さも最初からそこにあったのかのように。

 


「なんで…」



「じゃじゃーん!すごいでしょ?練習したんだ〜」



 いや練習したって言ってるじゃん。バレてますよ真奈さん。



「…わ〜すごーい」



「これで思い出したでしょ?傑くんと私は幼馴染なんだよ」



「そんな存在しない記憶を掘り起こしても何も出てこないですって。…やめてくださいよ」



「傑くんが認めるまでやめないもーん!むー!」



 真奈さんが頬を膨らませて俺にそう吐き捨てた。美少女のご尊顔を至近距離で見ると少々心臓に悪い。俺は湧き上がる感情を押さえつけながら真奈さんのふくれっ面を見つめた。



「そんな顔してもなにも思い出しませんよ」



「ちぇっ、少しぐらい焦ってくれてもいいのに…」



 内心大焦りだわ。普通に心臓爆発するかと思ったわ。これが美少女オーラ…学園のみんなが惚れ込むのも納得だ。



「あ、そういえば次の時間体育だよね?体操着忘れちゃったから貸してくれない?」



「なんで俺が貸さなきゃいけないんですか。ていうか貸したら俺が着るやつなくなっちゃうでしょ」



「えーいいじゃん。私の貸してあげるよ」



「持ってきてるじゃないですか。自分の着てくださいよ」



「やだよ傑くんのすーはーしたいもん」



「本人の目の前でそういうこと言わないでください。イメージダウンですよイメージダウン」



「幼馴染だから知ってるくせに〜」



「だから違いますって…」



「おい、お前ら。授業中だぞ。イチャイチャすんな独身の先生が惨めになるだろ」



 …そう言えば授業中だったわ。

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