第49話 触れた手を繋いで……前へ




「アルくーん! 起きてるー?」


「ああ、起きてるよ」


 扉の奥から聞こえてきた少女の声に返事をする。

 窓から差し込む光はまだ薄暗く、部屋の中は少しばかり肌寒い。


「これでよし」


 椅子に掛けられた上着を羽織って、アルは慣れた室内を見渡した。


 整えられたベッドのシーツに、綺麗に掃除を終えたテーブルや窓。

 元々少なくはあったが、空っぽになった本棚が目に入れば嫌が応にも感慨深さが胸に満ちてしまう。


「……色々あったな」


 滞在期間はそう長いわけではなかったが、それでも今までの街の滞在期間と比べたら長かった。

 実際の期間と比べて長く感じてしまうのは、この街で様々な想いを感じたからだろうか?


 大切なものを見ないままでいて。

 でも、この街で直視することになって。


 決して楽しい思い出ではなかったが、それでも大切な思い出になることは間違いない。


「これで見納めだな」


 窓の外へ目をやって、一人呟いた。


 旧ハイゼングルドの領主邸の姿はもう無い……が、記憶の中では残っている。

 だからアルは、最後の決別としてレインネスの領主を見つめて。


「まあ、最終的には帰ってくると思う。やっぱりこの街が故郷だからな」


 そう告げて、アルはテーブルの上に置いていたバッグを肩に背負った。


「……これで、さようならだ」






「もう、遅いよ!」


「わるいわるい」


 眉を吊り上げていたティルナに謝って、アルは三人と合流する。

 ティルナにレスターにアリア……この街に来てからはいつものメンバーだ。


「次の街は何処になるんだろうね? アルくんはどこか行きたいところはある?」


「いや、もう次の目的地は決まってるぞ?」


「「え?」」


 ティルナとレスターの声が重なった。

 顔を見合わせるおまけ付きで。


「いつも目的地は出発する時に伝えられるのに……なんで知ってるんだ?」


「まあ、俺が頼んだからな」


「そうなの?」


 ちょこんと首を傾げるティルナ。

 アルはその問いに頷くと、無表情を貫いているアリアを一目見た。


「せっかくアリアが正式に団員になったんだからさ。アリアの母親……ルーチェ=リヴァ―ルの旅の続きを受け継ぎたいって団長に頼んだんだ。そうしたら了承してくれたよ」


 本当に、意外なほどに呆気なかった。

 簡単に頷いた団長の姿を思い出して、アルは少しだけ口角を上げる。


「だから、次の目的地は——うん?」


 不意に袖を引かれた。

 その方向に視線をよこすと、アリアが袖を引いていて。


「ああ……罪滅ぼしってわけじゃないし、自己満足でもない……俺がしたいって素直に思ったんだ」


 かの英雄の軌跡を……今度は娘が受け継いでいく。

 それをアルは見届けて、共に音楽を紡いでいくのだ。


「だからさ、アリアも変に気を構えずに歌うのを楽しんでくれたら嬉しい」


 錆色の目を見て微笑みかける。

 すると、フッと合わせた目を逸らされた。


「え?」


「あ、アルくん振られてやんの!」


「いや、そういうわけじゃないんだけど……」


「というか、急がないとマズいぞ。もうみんな外にいる」


「うそ!?」


 レスターの言葉に、皆で窓の外を確認する。

 屋敷の外、門の前にはすでに何人もの団員が集まっていて。


「急がないと! もう、アルくんの話が長いからだよ!」


「俺のせいなのかよ!」


「ほら、急ぐぞ!」


「アリア、行こう!」


 錆色の少女に手を伸ばす。

 持ち上がる少女の白い手の先が、アルの指先に触れて——


「急ぐぞ!」


 アルはアリアの手をしっかりと握ると、前へ向かって駆け出した。

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