第48話 四人の影が重なって




「帰ってきたな……」


 涼やかな空気と共に、アルはアリアと共に屋敷の前にたどり着いた。


 すでに早朝ともいえる時間で、屋敷の前はしんと静まり返っている。

 まだ起きる時間ではないからか、明かりが灯っているのはちらほらだ。

 ほんの二月ほどの期間の滞在だったのにもかかわらず、そんな光景を見て「帰ってきた」と感じてしまったことにアルは微かに苦笑してしまう。


「……いくか」


 アリアを一瞥し、前へ。

 涼しい風を背に受けて、アルたちは屋敷の扉へと歩き出す。

 そして、扉の前の階段を上りきったところで。


 ——バーン!!!!


「は……!?」


 両開きの扉が突如開け放たれた。

 飛んでいくような動作で横に動いていく扉。

 その中心、蹲るように小さい体がアルの視界に飛び込み、捩じるような動きを見せて。


「うぐぉぉぉ……!?」


 悶絶。

 同時に、呼吸が出来なくなった。

 しかしそれだけでは終わらない。


 続いて、二打目、三打目と……合計四打もの打撃を体の中央——鳩尾みぞおちに受け、アルは階段を転がり落ちた。


「どこ行ってたのっ!!!!!」


 怒声が響く。

 だが、急所への四連打を受けたアルは呼吸が出来ず、答えられない。

 それがさらなる怒気を呼んで。


「答えなさいよ!」


「いや、さすがにあれは答えられないだろう」


 怒り狂う鬼……もといティルナの背後からの声——レスターだ。


「ティルナ先輩も落ち着いてください……鳩尾を殴られた人間は喋れませんよ。喋らせるなら足とかが効果的です。脛とかはかなり痛いのでオススメですよ」


「へぇ……」


 ティルナの眼差しが意味ありげに細められる。

 それに助言をするあたり、レスターもお冠なようだ。


「……ちょ…………ちょっと、待って、くれ」


「言い訳があるなら聞くよ」


「そんなこと……しない…………すぅ、はぁ……悪かった。心配かけたよな」


 地面に縫い付けられたまま、アルは深く頭を下げた。

 じっくりと頭を下げ、上げる。すると、ティルナとレスターの二人は階段の上でアルを見下ろしていて。


「ほんとだよ……心配したんだから」


「僕は心配なんてしてないからな。むしろ、帰ってこなかったら順位が繰り上がって嬉しかったくらいだ」


 前者は目尻に涙を溜め、後者はそっぽを向いていた。

 それでも、耳が赤くなっているところを見るに、相当に心配をかけてしまっていたようだ。


「もういなくならないよね? やだよ? アルくんがいなくなっちゃうなんて」


「君は次期団長なんだろう? それがこんな体たらくでどうするんだ?」


「はははは……大丈夫だよ。もう大丈夫……いなくなるつもりなんてないし、逃げるつもりもない。レスターも心配かけたな」


「ふん、心配なんてしていないさ。心配してるというなら、君がいなくなった後の団の心配くらいだ」


「レスターくんも素直じゃないなぁ……素直に心配してたって言えばいいのに」


「ティルナ先輩!?」


 顔を合わせるティルナとレスター。

 そんな二人の間に、一人の影が入り込んだ。


「アリア?」


 白髪の少女の名前を呼ぶ。

 しかし、彼女は話さない。静寂を保ったまま、代わりに行動とその錆色の瞳で示すだけだ。


 アルに向かって伸ばされた白い手。

 その手は地面に座り込んだままのアルを助けようと、じっと答えを待っていて。


「ああ、ありがとう」


 手を取って、立ち上がる。

 その途中。少女の背後に二人の人影が見えた。


「アルくん!」

「ティルナ先輩!?」


 重なった四つの影は、もろとも地面に倒れこむ。

 重い……けれど、その重みが心地よくて。


 ……これじゃあ立ち上がるのはもう少し後だな。


 アルは抵抗を諦めて、温かさと冷たさを受け入れた。

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