第38話 欠けたまま……




「どう思います?」


「どう思うって言われてもなぁ……」


 団長からの話を終えて。

 隣を歩いているレスターの問いに対して、ティルナは困ってしまった。


 これから準備をして公演場所に向かう。

 正直、誰も動揺を隠せていない。それはティルナも同様だ。

 彼も自分の心の整理をつけたくてこうやって問いかけてきたのだろうが、上手く答えられないというのが本音だった。


「正直、アルくんが貴族だったのは驚いたよ。でも、私としてはアルくんはアルくんだし、酷いことをしてたのはアルくんじゃなくてご両親だし……うーん、上手くまとまらないや」


 これが本音だ。

 今になって高貴な生まれでしたと告げられても、ずっと一緒にいたのだから実感が湧かない。


「……アルは僕たちに色々と隠していた。それが仕方がないのは理解できる。僕だってアルの立場だったら同じようにしてたかもしれない。でも——」


 レスターは顔を俯かせて。


「僕は、辛いときに相談してもらえなかったのが悔しい……辛いなら辛いって言えば良かったんだ。詳しくは話せないけど、とにかく慰めて欲しいって……そうすれば僕は」


「そうだね。私たちにも何かできたかもしれないね。それに私、団長からアルくんの事頼まれてたのに……」


 歯の軋む音。

 その音にティルナが同意すると、レスターの顔が上がる。


「そういえば、団長もそのような事を言ってましたね。団長はティルナ先輩に何を?」


「アルくんを頼むって。絶対にこの後、アルくんが立ち直れないくらいに傷つくから、支えてやってくれって言われたの。でも、何もできなかったなぁ……」


 アルはこの街に来た直後からすでに様子がおかしかった。

 気付けたはずなのに、聞くことも出来たはずなのに、今はそれが悔しくてたまらない。

 だから——


「だからね、アルくんが帰ってきたらうんと怒ってやるの! なんで相談しなかったんだぁって! 私を傷つけた罪は重いんだから!」


 いつものように彼を殴ってやるのだ。

 拳を握り締めて、彼が最後には笑えるように。


「それは、そうですね」


 レスターの微苦笑。


「レスターくんも殴ってやろうよ! 私は肋骨の隙間を狙うから、レスターくんはお腹ね! 顔にしちゃうと腫れちゃって目立つから!」


「ははは、ティルナ先輩らしい」


 苦笑に恐れが混じった気がするが、無視。

 ティルナは拳を握り締めて声を張り上げる。


「それでね、最後には抱きしめてあげるの! アルくんはアルくんだよって! 辛いかもしれないけど、私たちがいるよって!」


 そうと決まれば、目先の公演だ。

 ティルナはレスターと頷き合うと、屋敷の外へと向かった。






 空は、昨日までの曇天が嘘のように晴れ渡っていた。

 雇っておいた人々が運んできた楽器を受け取り、持ち場へと歩いていく。


 演奏する広場の中央。

 ティルナたちの囲むように人々が集まっていて、その数は周囲の建物の一階部分が全く見えなくなるほどだ。


「……これじゃあアルくんがいても分からないな」


 公演場所には街中に演奏が届くように、音を広げる道具が配備されている。

 団長が計算をして街中に配置しているという話だから、アルにも演奏は届くだろう。

 ただ、この状態では演奏に途中参加というわけにはいかない。だからこそ、いままで一緒に練習してきたティルナとしては残念でしかないのだが。


「ふぅ、集中集中」


 息を整えていると、全員の準備が終わる。

 やがて指揮者が前に立つと、彼が観客に向かって一礼。ティルナ含め団員全員が合わせて一礼し、楽器を構えた。


 少しずつ静まっていく観客たち。

 始まりを待つように緊張感が膨れ上がっていく中で、完全な無音と変わったその瞬間。


 ——————ッ!!!


 演奏が始まった。


 出だしはまずまず。

 可もなく不可も無くといったところだろうか。誰もがミスすることは無かったが、だからといって満足できるかというと否だ。

 しかし、それに落ち込んでいるわけにはいかない。調子を上げられるように音を乗せていく。


 軽やかに。楽し気に。

 音を出し、混ぜて、響かせていく。


 だが、観客の様子は芳しくない。

 楽しんでくれている人もいるが、明らかに落胆している様子の人も垣間見えた。

 おそらく街の外の人と、昔から住んでいる人との差だろう。

 話に聞いたかつての英雄と重ね、その差異に落胆している——そうティルナには感じられた。


 ……悔しいな。


 奏者としての悔しさ。

 サボってなどいないし、全力を出しているつもりなのに、今の楽団では彼女の歌声には届いていないらしい。


 この街の悲劇を聞いて、彼らの心に寄り添ってきたつもりだった。

 この街の悲劇を聞いて、自分なりに心を痛めてきたつもりだった。


 だけど観客の表情は、無慈悲なほどに現実をティルナに……団員たちに突きつけてくる。


 役違いだと……お前たちではないのだと。


 次第に集まっていた人々が減り始め、ちらほら人波に隙間が目立ってきた。

 そしてそれは、曲調が暗くなっていくにつれて顕著になる。


 悲劇を思い出す演奏は聴きたくないと、人の減りが加速した。

 徐々に減っていく観客たち。それは、ティルナたちに確かなプレッシャーを与え、指の動きを鈍くする。

 そして、団員の一人がミスをした。


「……っ!?」


 致命的なものではない。元々の楽譜を知らない者が分かるはずの無いミス。

 しかし、タイミングが悪かった。


 鈍り始めていた指が、呼吸が。

 ひび割れてしまった岩が崩れていくように、少しずつ、でも確かに崩れていってしまう。


 やがてひび割れが大きくなり、ミスがミスを呼び、曲調が崩れた。

 積み上げたきたものが崩れていく感覚。


 積み上げることは難しく時間がかかるが、崩れるのは一瞬だ。

 ギリギリで演奏という形は保ってはいるが、後列から聞こえてくる音はバラバラで、全く連携が取れていない。

 当のティルナも崩さないようにするのが精一杯で、下のものを助ける余裕が無かった。

 それでも、どうにか形を保っていたのは最前列で演奏をしている三人のおかげだ。

 だが、それも時間の問題。


 ゆっくりと調子が下っていく。

 何時地に堕ちるかは時間の問題。あとは、どれだけ保つことが出来るか。

 すでに、演奏はそのレベルにまで迫っていた。


 それでも、意地で演奏を保ち、アリアへと繋げる。

 彼女の歌のパートは楽器による演奏は無い。そのうちに体制を整えるのだと。


 しかし——


「……なんで?」


 最前列に立ったアリアが歌うことは無かった。

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