第6章 蒼穹を彩る色彩 意志を咲かせた一輪の花
第37話 アル=クイントンの正体
「アルは戻ってこない」
その一報は、ティルナたちを大きく動揺させた。
すでに公演当日となり、公園予定地に向かう前に団長から告げられた報告。
団の主軸である人間の欠損。それは、実力者が一人欠けるというだけじゃない……それ以上の意味を持っていた。
風邪で寝込んでいたために様子を見れなかったというのもある。
誰も彼を見てはおらず、公演当日になって彼の不在を知る——公演当日には復帰できるという報を貰っていたからこその動揺だった。
「そんなにアルくんの体調が悪いんですか?」
「ティルナ。団長が話しているから控えろ」
「いや、いい」
嗜めるレディン先輩を団長が抑える。
「アルの体調は完治している。だが、昨日屋敷を飛び出してから戻ってきてないんだ」
直後、団員たちにさらなる緊張が走った。
体調不良でいないのならいざ知らず、行方不明というのは穏やかではない。
「アルくんがいないってどういうことですか!? そんなの……! なんで昨日のうちに話してくれなかったんですか!?」
「ティルナ」
「レディン先輩の言うことでもこればっかりは我慢できないです! アルくんを探しにいかないと……」
「ティルナ=レンドラッ!!!」
「っ!?」
ティルナが立ち上がった瞬間、レディン先輩の怒声が響き渡った。
これにはティルナも動きを止めてしまう。
「心配なのは分かるが、まずは話を聞け……俺達だって心配してないわけじゃない」
「はい……」
ティルナは肩を落としながら、腰を落とす。
「すまないティルナ。せっかく君に頼んでいたのに、それよりも先にアルが飛び出していってしまった」
目を伏せる団長。
彼も悔やんでいるのだろう。その表情や声には張りが無かった。
「うーん、その言い分だと団長はアルがいなくなった原因に心当たりがあるってことだよね? その説明は無いのかい?」
「私も気になるね。私たちもアルとはそれなりに長いし、知る権利はあると思う」
「フェルド、フィー、それは後だ。まずは団長からこの後の方針を聞くべきだろう」
「それはそうだね」
「分かった」
「団長、お願いします」
レディンの言葉に、団長は頷いて。
「アルの事だが……申し訳ないが捜索は後回しだ。心配だとは思うが、危険は無い。幸い雨も降っていないからな」
「アルの捜索はその後ということですか?」
「そうだ。この公演は特にディフリント殿が大事にしているもので、失敗は絶対に許されない……それに、これはアルの願いでもある。だからこそ、皆アルを心配しているとは思うが公演を優先する」
団長が口を閉じると、室内がしんと静まり返った。
誰もが口を開くことが出来ず、誰かの言葉を待つ。
それほどに、団員たち全員が動揺し、躊躇していた。
だから——
「団長、教えてください。アルくんはこの街を嫌っていました。憎んでいました。なんでアルくんはそんなに自分の生まれた街が嫌いなんですか?」
ティルナは率先して疑問をぶつけていく。
もう、知らないのは嫌だった。
ティルナはアルのそばにいるが、重要なところで蚊帳の外だ。
だからこそ、知りたい。
彼が何に苦しんでいるのか。恐れているのか。
団長が傷ついて立ち直れなくなるといった意味を。
「そうだな。最後にそれについて話そう。ただ、あまり詳しくは話せないところもあるが」
団長はアリアを一瞥して。
「皆はハイゼングルドの悲劇を聞いて、何を思った? 横暴な領主に悲劇が下った……英雄の最期が悲しかった……街の人々の暮らしを思うと胸が張り裂けそうになる……色々な想いを音に乗せて演奏してきただろう」
「この悲劇は領主の死という結末で終わった……と考えているのは街の外の人間だけだ。この街の人間にとって、悲劇はまだ終わっていない。光の歌姫ルーチェ=リヴァ―ルの死はそれほどに人々の心を縛っている」
見渡していく最後にアリアを見る団長。
なぜ、そこまで彼女に注目しているのか分からないが、今は何も言えない。
ティルナは団長の言葉を待った。
「そして、この街で彼女の死に最も縛られている二人……その一人がアルだ」
アリアだけを見て、アリアに伝えるように。
「アルベルト=ウェン=ハイゼングルド……それがアルの本名であり、ハイゼングルドの血を継いだ最後の生き残り……それがアル=クイントンの正体だ」
そう告げて、団長は深く、深く息を吐き出した。
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