第30話 炎に濡れた記憶
「なんで……!?」
あの人たちはそうなんだろう……?
自分たちが最上で、自分たちだけが尊くて……そんな思考に支配された人たち。
人は一人では生きていけないはずなのに、あの人たちは二人で完結していて、そこに他者を入れようとする気がまるで無い。
溢れそうになる嫌な気持ちをどうにか吐き出したくて、隠れて街へと繰り出した。
商人の男に、呼び込みをしている女性。家を建てている男に、その男に弁当を渡しに来ている女性。街道の端に打ち捨てられたように横たわっている男に、それを見て哀れみを向けている女性。
様々な人はあれど、総じてその瞳には闇が覆いかぶさっている。
街の空気は重くて。
街の雰囲気は最悪で。
それでも、自分が生まれた街だから。
その光景をどうにか楽しいものに変えたいと願って少年は街を歩いていた。
何度も何度も街へ出て。
何度も何度も落胆して。
瞳に宿っていた闇がさらに暗いものへと変わっていく様を見届けながら、それでもどうにかしたいと気持ちだけは持ち続けていく。
街の大人からは笑顔が少なくなって、やがて消えた。
街の子供のその空気を感じ取って、笑わなくなっていった。
そんな、どこにも出口が無い——暗闇に覆われた街を照らしたのは……一人の女性だった。
彼女は活発で、よく笑っていた。
歌が大好きで、いつも歌っていた。
親からいない者と扱われるようになった頃には、街の手伝いでどうにか稼いだお金を持って彼女が歌う酒場に乗り込んでいた。
子供だから縮こまって、大人の股の下を抜けていって。
何度も怒られたけれど、結果として彼女と話す機会を得た。
何回か顔を合わせただけだけど、その笑顔には子供ながらに救われて。
音楽ならこの街を救ってくれるかもしれないと、そう夢見るようになった。
そして、少しだけ明るくなった街で。
少し遅れてやってきたのがクイントン音楽団だ。
たまたまこの街に訪れて、街の人を元気づけようと無償で演奏をしてくれた。
街道を演奏して練り歩き、先頭を歩きながら演奏をする団長の姿はとてもカッコよくて。
「あんな人になりたい……!」
憧れて……目標が定まった瞬間だった。
少しでも彼らに近づきたくて、半ば無理やりに楽団の手伝いをさせてくれと頼みこんで。
少ないながらもお金を貰えるようになってからは、手伝いと酒場と往復する毎日になった。
楽団の人は、
いつも優しくしてくれた団員たちに懐くようになるのに、そんなに時間はかからなかった。
『——髪の色がなんだ。お前はお前だろう』
今でも覚えている……団長の言葉だ。
呪いだと思っていた繋がりを否定する言葉は、どんな言葉よりも少年の胸に突き刺さり、わんわん泣いた。
それだけ嬉しかったのだ。
誰かがくれた玩具も、誰かがくれた料理も……この言葉ほど嬉しいものは無い——そう感じてしまってまた泣いた。
その頃、少しずつ街の人の間で有名になっていた彼女は、街に訪れた商人の影響で名を広げていっていた。
やがて、その歌で人々を救済する様に、英雄と呼ぶ人たちが現れるようになる。
彼女は柄じゃないと笑っていたが、人々が元気になっていると実感していたようで嬉しそうではあった。
光の歌姫——その名は少年が手伝いをしていたクイントン音楽団にも届き、楽団から彼女へ合同の演奏を提案することになる。
彼女もそれに快諾。
だが、それがこの街の悲劇の始まりだった。
領主が彼女に注目したのだ。
それは、奇しくもクイントン音楽団が合同演奏を提案したのが理由であり、それだけ楽団が有名だったということでもある。
合同演奏の打ち合わせが少しずつ進んでいく中、彼女の元に領主の遣いがやってきた。
笑顔で連れていかれる彼女。
当然、街の人は猛反対した。けれど、彼女は「大丈夫」とだけ告げて連れていかれてしまった。
そして——
ハイゼングルドという唯一白金を持つことを許された街は……炎に濡れた。
「あ゛あ゛……」
視界が揺らぐ。
体の芯に籠った熱が抜けず、気怠さが全身に満ちていた。
窓の外はまだ薄暗い。
しかし、もう少しすれば動き出す者も出てきて、屋敷の中が騒がしくなるだろう。
もう一度寝るには心許ない。
そのため、本来であれば顔でも洗いにでも行くのだが。
「やっちまった……」
どうしても布団から出る気になれなかったアルは、弱弱しい声を漏らした後、もう一度目を閉じた。
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