第27話 休日に四人で




「はふぅ、おいしー!」


 日が昇りきった市場に少女の声が響いた。


 朝日が照らしているとはいえ、まだまだ人が集まりきっていない時間。

 当然のごとく周囲の注目を集めてしまい、市場の店主は集客の声を止め、買い付けをしている商人は後ろへ振り向き、通りすがりの人は好奇の視線を隠そうともしない。

 そんな通りのど真ん中で。


「……美味いのは分かるけどさ、少しは落ち着けって」


 焼き串を頬張ったまま満面の笑みを浮かべているティルナに、アルは呆れ顔を露わにした。


「だって、今日は久しぶりに練習が休みなんだもん! 最近きつかったから楽しみたいんだもん!」


「いや、それは分かるけど……ほら、レスターもアリアもついていけてないぞ?」


「へ?」


 呆けたティルナの視線の先にいる二人。

 レスターは歩きながら食べる事への抵抗から、アリアは純粋に今の状況についていけていない様子だ。


「ご、ごめんアリアちゃん。ついアルくんと遊び行くときのテンションで……」


 駆け寄って、眉をへにょりと曲げるティルナ。

 そんな彼女にアリアが首を横に振れば、すぐに下がっていたテンションは急上昇して。


「そっか、良かった! じゃあ、アリアちゃんも食べてみて。この焼き串すっごい美味しんだから!」


「美味いのは本当だぞ。あと、タダで貰ったのを気にしてるんなら、それを今度の公演で返せばいいさ」


 外套の奥の錆色の眼差しに微笑みを返せば、恐る恐るといった様子でアリアは焼き串を口に運ぶ。

 パクリと一口。

 その瞬間、その目が微かではあるが丸くなって、すぐに二口目を頬張った。


「気に入ってくれたみたいだね」


 ティルナはご満悦なご様子。

 そんな彼女に水を差したのは、ようやく焼き串を口にしたレスターだ。


「ティルナ先輩、これ美味しいんだがずいぶんと甘みが強くないですか?」


「そりゃあそうだよ。おじさんが私好みに調節してくれてるやつだもん」


「それってふと——」


「うるさい!」


「んぐふぉ……!?」


 めり込む拳に崩れ落ちるレスター。

 しかし、それでも焼き串を手放していないところを見るに、味自体は彼も気に入っているのだろう。


「乙女を相手にこれ以上は禁句だよ?」


「まあ、練習がきつかったから甘いものが欲しくなるのは分かるけどな。でも、食べ過ぎは体に毒だぞ?」


 この茶色髪の少女……小柄ながらよく食べるのだ。

 その量は、なんとアルの二倍は軽く食べてしまうほどで、これは楽団でも上位に入るのである。

 ため息交じりに口にすれば、当の本人は平らな山を張って。


「ふっふーん! 私だってまだ成長期だし、まだまだ大丈夫だよ!」


「せい、ちょう……き?」


「……アルくんも欲しいの?」


 さすがに冗談が過ぎたのか、ティルナがこぶしを握り締めた。


「すいません、冗談です」


「よろしい」


 威圧感はそのままに、ニコリと微笑む少女。

 彼女は焼き串をペロリと完食すると、通りの奥を指さした。


「腹ごしらえも済んだし、今日は楽しもう!」




 あてもなく街中をぶらつき、気ままに店を物色して。

 太陽が真上まで昇りきった頃、前を歩くティルナが背筋を伸ばした。


「んー! 遊んだ遊んだぁ!」


 満足げな少女を他所に、三人は完全に無言だ。


「もう、みんな元気ないよ! せっかくの休みなんだから楽しまないと!」


 振り返り、ニコリを微笑むティルナ。

 しかし、アリアやレスター、アルに至っても笑みを返す余裕などなかった。その理由は——


「……遊ぶって言ったって、買い食いしてただけじゃないか」


 朝の焼き串から始まって。

 甘いものからしょっぱいもの、果ては辛いものまで……市場にある屋台を網羅する勢いで買い食いをする少女に対し、三人はすでに満腹だ。

 レスターも顔色が若干青くなってきているし、アリアの顔なんて元々白い肌がさらに白っぽくなっている。

 これでも平均以上は食べるアルでさえ、これ以上食べ物を見たくないくらいには腹が膨れていた。


「だってこの街のご飯美味しいんだもん……」


「それは認めるけど、さすがに食べすぎだ」


 復興作業をするために他領からも人を集めているせいか、この街の店は多種多様だ。

 特に自身の店を持たない者が商う屋台などはその傾向が顕著で、だからこそティルナも食べ過ぎてしまっているのだろう。

 それでも、あれだけ食べてケロッとしている様は恐怖でしかないが。


「俺はまだ大丈夫だけど……レスターもアリアも気持ち悪そうにしてるし、少し休んだ方がいいだろうな」


「そっかぁ……じゃあ、あそこに入ろっか」


 ティルナが指さしたのは一件の店だ。

 ここからでは中までは見えないが、扉が開いているのを見るに営業はしているのだろう。少し休むのには最適かもしれない。

 ……看板に酒という文字が書いていなければの話だが。


「……昼間から酒飲むのか?」


「違うよ! 昼間ならお酒以外も提供してるだろうから休むにはいいと思ったの!」


「ふーん」


 ……まあ、たしかに人は少なそうか。


 表通り面している店ではあるが、先程から中に人が入っている様子はなかった。

 二人の様子を見るに騒がしいところは難しいだろうし、ちょうどいいのかもしれない。


「よし、じゃああの店に入るか」


「すまないな……」


「気にすんな」


 元気のない声を漏らすレスターに笑みを返し、次はアリアの方へ。

 彼女が頷くのを待ってから、目的の店へと移動した。


「——やっぱり人は少ないみたいだな」


 店内は予想通り閑散としていた。

 予想以上に広い店内には十ほどのテーブルが設けられているが、使われているのは二つほどだ。


 アルが店主に声をかけるために探していると、背後からティルナが顔を出す。


「へぇ……ステージがあるんだね」


「まあ、昔からある酒場ならあるだろうな」


「そうなの?」


「ほら、この街についての話はしただろ? 当時はどの酒場もステージを用意してたんだ」


 ——英雄に歌ってもらうために。

 

 懐かしい光景だ。

 あの頃は誰もが彼女の歌を渇望していた。

 苦しい生活の中で微かな光を見出すために、人々は昼には働き、夜は酒場に入り浸っていた。


「そっか……」


 店内に人がいるため詳細は省いたがティルナは理解してくれたらしい。少し眉を寄せていたが頷いてくれる。


「で、店主は……出て来たな」


「いらっしゃい」


 店の奥から出てきたのは、しわを携えた中年の男性だ。

 白髪の無い様子からそこまで年老いてはいなそうだが、覇気のない面持ちのせいで歳を重ねて見える。


「注文は……?」


「ああ、少し休ませてもらいたくて。メニューを——」


 目の前の男性の動きが止まった——不自然なほどに。

 その目は話しているアルを映してはいなかった。それは、隣にいるティルナや後ろのレスターでもない。


 ……なんでアリアを?


 今まさに店に入ってきた少女を見つめ、口を半開きのままに硬直する店主。

 その様子にアルが警戒したところで、店主の口がピクリと動いて。


「帰ってくれ」


 そう、一言だけ告げた。

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