第22話 水の音の中で……敗北
「——っていうことがあったんだけど」
ピチャリという水音と共に、少女の声が反響する。
場所は大浴場。
白い湯気の満ちる空間に、二人の少女の姿があった。
「アルくん大丈夫かな……? 今日はずっと元気なかったし……」
返事が無いこともお構いなしに、少女が言葉を続けていく。
「元々この街に来てから少し様子が変だったんだけど……最近は特におかしいというか、元気がなくなってて……」
俯いてから、思い出したかのように顔を上げる。
「あっ、そういえばアルくんってね、絶対にお風呂最後に入るんだよ。今は部屋で落ち込んでるのかなぁ……?」
顔を上げたてみたり、また俯いてみたり。
白い煙に映る影は少女の気持ちの動きを現わしているようで、どうも忙しない。
「どうしたらいいと思う?」
少女が振り返った先にいるのは、もう一人の少女だ。
水面の上、湯面に落ちないように白髪が巻かれた少女の頭は微動だにしない。けれど、問いかけた少女は全く気にしていないように微笑んで。
「分からないか……まあ、そうだよねぇ……うーん」
目を閉じ、悩む素振りも見せながら、少女は湯の張った桶を持ち上げる。
そうして、体に付いていた泡を流すと、白髪の少女のいる湯船へと移動した。
「ふぅ……」
温かさに息を吐き出して。
「どうしたら元気づけられるかな……?」
ポツリと呟かれた悩みは、広い浴場に反響して消える。
「アルくんって責任感強いからよく悩んだりするんだけど、今回はなーんか違う気がするんだよね。なんというか、故郷だからなのかな? お父さんとお母さんの事思い出してるとか? そういえば、お墓に行った様子ないけど行ったのかな?」
チャプチャプと、一人分の水音が響く。
やがて、しんと静まり返ると、二人分の吐息だけが聞こえてきた。
規則正しい呼吸音と時折木霊する水滴の音が混ざり合って、一つの音楽を奏でていく。
チャプという身じろぎから発生する音。
ピチャリという水滴が落ちる音。
様々な音が混ざり合って、音を奏でるその途中。
静かだった水面に不意に波紋が立ち、大きな波に変わった。
「上がるの?」
茶色の前髪から水滴を落として少女が顔を上げると、立ち上がっていた少女がコクリと頷いた。
そうして露わになったのは、ずっと湯船に隠れていた少女の裸体だ。
赤い目が一部を凝視し、やがて下に落ちる。
水をかき分ける音が鳴り響いている間じっとどこかを見つめていた少女は、浴場の扉が閉じる音を待ってから。
「……負けた」
敗北感に満ちたその呟きは、すぐに泡の生まれる音に変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます