第20話 声なき歌声の理由(わけ)
「それで? 用って何なんですか?」
食後。
理由を付けて三人と分かれたアルは並んで座る夫婦の片割れに問いかける。
意味ありげに告げられた去り際の言葉。
その意図を聞くためこうして来てはいるが、練習までの短い時間を使って来ているのだ。こうして少し不機嫌な声色になるのも仕方がないだろう。
「いや怖いって……どうしてそんなに不機嫌なの?」
「……自分の胸に手を当てれば分かるんじゃないですかね」
「うーん……ただただ柔らかいけど? アルも知ってるよね」
その豊満な胸を張るフィア。
食堂でアルの頭に乗せられたそれは、それなりに女性団員がいるクイントン音楽団でもトップだとささやかれている……らしい。
ティルナが聞けば激怒しそうな話ではあるが。
「……今はその話をする気はないですよ」
「おやおや、ムッツリさんですか?」
「フィー」
「はいよー」
正直イラッとしたアルではあるが、寸前で止めてくれたレディンのおかげでどうにか持ち直す。
息を吐いて、心を落ち着かせて。
アルは肩の力を抜くと、再びフィアを見据えた。
「結局、何の話だったんですか?」
「あの子の事だよ」
「っ——!?」
瞬間、総毛立つ。
普段のアレな姿はなりを潜め、鋭い眼差しでアルを射抜くフィア。
容姿からしてティルナのような可愛らしさというより、綺麗といった方が正しい彼女だ。
そんな彼女がこうして真面目にしているのは演奏の時くらいだが、こうして相対すると恐ろしいほど雰囲気がある。
——だが、それだけではない。
……あの子の事だって?
少女と彼女が出会ったのはついさっきのはずだ。
わずかな差かもしれないが長く共にいるアルたちを差し置いて、何に気が付いたのか?
「アル……たぶんだけど、彼女と話せてないでしょ?」
「……どうして分かるんですか?」
素直の驚いてしまう。
「まあ、偶然といえば偶然なんだけどね。ほら、私がここに入る前に肉屋の娘をしてたのは知ってるでしょ? その時に同じような人がいたんだよ」
「どういうことですか?」
「うーん、なんていうかな……これは、結構デリケートな話なんだけど……アルには話しておいた方がいいと思ってさ」
言いづらそうにしながらも、旦那に寄りかかって甘える彼女。
天才の顔とバカップルの顔が入り混じっていて不快感が増していくが、我慢するしかない。
「もったいぶってないで話してくださいよ。それとも、もう戻っていいってことですか?」
「またまたー、本当は聞きたくて仕方がないくせに」
「…………」
「はぁ……お堅いね。まあ、それだけあの子をの事を気にしてるってことだろうけど」
フィアは肩をすくめると、軽く息を吐き出して。
「たぶんだけどね。あの子喋らないじゃなくて喋れないんだと思うんだよ」
「……っ」
「お客さんに病気で話せなくなった人がいてさ……その人の様子と少し似てたんだよね。とっさに声を出そうとしても出ないっていうか、感覚でしかないんだけど……」
「続けてください」
今は少しでも情報が欲しい。
説明の仕方に困っているような彼女に、アルは頷いて続きを促した。
「……これも予想でしかないけど、喋れなくなってから結構時間が経ってるとは思う。あの時のお客さんよりかは違和感が少なかったからね。でも、あの感じを見るに本人はあまり他人と関わってなかったから、咄嗟に出かかったけど出なかったんじゃないかな」
「そう、ですか……」
驚いてはいるし、可哀想だとも思う。
だが、心の内で納得してしまっている自分も、確かに存在していた。
……あの歌声はそういうことか。
声の無い歌声。
間近で見たわけではないが、口は動いていたと思う。
どういう原理で声が出なくなるのかは医者ではないアルには分からないことだが、声が出ないならばああなるのだろう。
そして、彼女が声を失った原因もおぼろげに察しがついてしまっていた。
……喋れなくなってから時間が経っているということは、たぶん——
十年前の悲劇が関わっているのだろう。
そしてそれが、ほぼ間違いないということも……。
「いったい、どこまで……」
「この地の悲劇の話は団長から聞いている。それに、俺たちはお前の事情もある程度聞いている立場だ。気持ちは分かるとは言えないが、察してやることは出来る」
「あまり気に病みすぎないようにね。フェルド君から聞いてるよ? アルが珍しくミスをしてたって」
「あんの色ボケ……」
あの似非貴族は腰も軽いが、口も相当に軽いらしい。
アルが悪態を漏らすと、フィアが堪らず笑いだす。
「あはは! 弟みたいな歳に言われてちゃ、あいつもしょうがないね。まあ、私たちが言いたいのは、あの子の事を気にかけてやりなってこと。あと、アルも気に病みすぎるなってことだよ」
足を組んで、膝の上に両手を投げ出して。
フィアはアルを見つめてフッと微笑んでいた。
「……分かった。教えてくれてありがとう」
「いいのいいの、大切な弟分のためだもんね」
「フィーはアルよりも団員としての年月は少ないけどな」
「はいそこ、茶化すな!」
完全にバカップルに戻った二人。
そんな二人から目を離し、アルはそのまま背を向ける。
それから、出来る限り音を立てないように彼女の部屋を後にして。
「……気に病むな、か」
出たばかりの扉に背を持たれさせ、アルは小さく呟いた。
気を遣われたのは分かっている。
フィアもレディンも優しい人だ。事情を察して気にかけてくれたのだろう。
けれど、その善意を完全に受け入れることは今のアルには難しそうだった。
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