第19話 三人目のまとめ役
三人だけの会議を終えて。
自室に戻ったティルナが
食堂へ続く扉の前。
奥からはガヤガヤと音が聞こえており、すでに多くの人が訪れていることが窺えた。
「昨日はちょっと特別だったけど、普段はみんな集まって食事をするんだ……大丈夫か?」
外套を目深に被る少女を見ると、コクリと小さな頷きが返ってくる。
「じゃあ、行くか」
両開きの扉に手をかけ、中へ。
「やっぱりもう皆来てるな」
案の定、食堂には多くの団員がいた。
クイントン音楽団の団員は七十人ほど。アルやティルナ、レスターのような奏者が八割で、残りはジャルムのように運営を手助けしてくれている者たちだ。
当然、奏者とそれ以外は顔を合わせる機会が少なく、こうして皆が顔を合わせるのは食事の時くらいだろう。
「席は自由。料理はほら、厨房の方に人が集まってるだろ? あそこで受け取るんだ」
「料理が選べるわけじゃないけど、ジャルムさんがいつも私たちが飽きないように工夫してくれてるから……美味しいよ!」
頷く少女を連れて厨房へ。
すでに数人が並んではいたものの、それほど待つことなく料理を受け取ることが出来た。
「空いてる席はあるかな?」
「……こっち、空いているみたいだぞ」
「レスターくんナイス!」
レスターの視線の先。
食堂の奥に不自然に空いているスペースがあった。
「でも、あそこってたしか……」
「レスターくん……」
ティルナも察したのか、明らかに声のトーンが下がる。
「し、仕方がないだろう! もうあそこくらいしか四人で座れる場所が無いんだからっ」
食堂の奥……誰が見ても明らかな程に開けられたスペースは、とある夫婦が食事をしている場所である。
楽団でも実力者である彼、彼女は団員からの信望も厚く、彼ら自身も面倒見の良い性格をしている。
そんな彼らではあるが、夫婦としている時だけは違う雰囲気を身にまとう。
砂糖をまぶしたかのような甘い空気……つまりはバカップルなわけだ。
そして、クイントン音楽団唯一の夫婦であり、そのせいで羨望と嫉妬を受けてなお、彼らは態度を変えることはない。
ここまでくれば、誰でも理由は分かるだろう。
「まあ、仕方がないか……」
逡巡したのち、アルは仕方が無いと息を吐き出した。
「このままぐずぐずしててもせっかくの料理が冷めちゃうからな。行くか」
「りょーかーい」
「なんで僕が悪者みたいに……」
四人固まって食堂を歩いていく。
……良かった。歓迎されてないわけじゃなさそうで。
途中、さりげなく団員たちの様子を探ってみたが、見知らぬ少女に多少好奇な目を向けてくるものはあれど、拒むような雰囲気を纏っている人間は見当たらなかった。
隣を歩く小柄な少女が話しを通してくれていたものあるが、それ以上に団長が受け入れたというのが大きいのだろう。
奥まで辿り着くと、アルとレスター、ティルナと少女が並んで席に着く。
「「「いただきます」」」
三人で声をそろえ、少女は軽い会釈をして、料理を食べ始めて少し経った時だった。
「この子が例の子?」
両肩に重みが加わったのと同時に、大人びた声が降ってくる。
「フィアさん……重い」
「あはははは! それは肩だけ? それとも頭?」
「まずは退いてくださいよ」
「おっと、そりゃあ失礼」
重みが無くなったところで、アルは視線を背後へと動かす。
すると、赤みの強い茶髪を後ろに束ねた長身の女性が立っていた。
フィア=エルグスト
ティルナが所属している管楽器のまとめ役——レディンの妻で、彼女自身打楽器のまとめ役を務めている。
そして、アルの上司であるフィルドに匹敵するほどの天才肌であり、経験年数が三年にも満たないのにもかかわらず打楽器でトップに立った女性だ。
「フィー……いきなり立ち上がったと思ったらどうしたんだ?」
「うん? いやぁ、見かけない子がいたからさ」
フィアが少し遅れてきた夫に微笑む。
「やっぱり楽団を代表する一人としてはさ、新しい子には気にかけないとね。どうだい? 意外と居心地いいだろ?」
大人びた笑みを少女に向ける。
しかし、彼女は顔を見せないように俯くばかりで応えることはなかった。
「あらら、怖がられちゃったかねぇ」
「フィーは背が高いからな。仕方がないだろう」
「ふーん……」
少し考える素振りを見せるレフィア。
彼女はニヤリと笑みを浮かべて。
……嫌な予感がする。
そう、アルが制止しようとするも——
「ばーん!」
「「なっ!?」」
一足遅く、テーブルの上に身を乗り出した彼女は手を伸ばして少女の外套を持ち上げた。
驚きの声を上げるティルナとレスター。
それは少女も同様のようで、ようやく現れた白い前髪の奥——錆色の瞳は驚きに見開かれていた。
「何してんですか!?」
「あははは! 可愛い顔してるんじゃん! せっかくなんだからもっと出せばいいのに」
「そういう問題じゃないでしょうが!」
アルは思わず声を荒げてしまう。
顔を隠しているということは、あまり見られたくないということだ。それを無理やりに露わにするなんて……。
「ごめんごめん、そんなに睨まないでおくれよ」
「自分のせいでしょう」
「フィー……それくらいに」
「はいよー」
ため息交じりの旦那の声に、妻はケラケラと笑いながら応じた。
「すまないな……普段はこんなことしないんだが……」
外套を被り直した少女と視線の高さを合わせ、レディンが頭を下げる。
こういうところでバランスをとっているのだろうか? 彼は少女の答えを律儀に待つ。
「そうか、本当にすまないな」
少女が小さくと首を横に振ったのを確認したのち、立ち上がった彼はもう一度軽く頭を下げてから妻の元へ戻った。
「じゃあ、席に戻ろうか」
「はいはい……あっ、一つだけ」
……まだ何かあるのか。
もはや呆れを隠せなくなっているアルの元に近づいてくるフィア。
彼女は耳元に唇を近づけて。
「……食事の後、部屋にきて」
「は?」
「それだけ……じゃあみんな、じゃあねー」
意味を問う暇もなく離れていく後姿。
我に返る頃には、料理はすでに冷めてしまっていた。
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