第3章 一人をみんなにするために

第18話 あの子を楽団に仲間入りさせようの会




 レインネスの街並みが日の光に染められ始める——早朝。

 市場の人間がようやく店の準備を始めるような早い時間帯に。


「ほら、起きて!」


「ああ……ティルナ? 朝から何だよ……」


 キンと頭に響く少女の声によって、アルは頭痛に眉を寄せた。


「こっちは寝不足で頭痛いんだけど……」


「私もそんなに変わらないよ。ほら! シャキッと起きる!」


 布団をはぎ取られ、早朝の涼しさに身を震わせる。

 仕方なく身を起こし、欠伸を挟んでから視界に少女を捉えれば、彼女の後ろに一人の人間の姿が。


「あれレスター……どうしたんだ?」


「……僕も同じように叩き起こされたんだ。というか、なんで僕まで……」


「細かいことは気にしない!」


 ビシッ! とティルナが指を差す。


「レスターくんもアルくんも、あの子を楽団に仲間入りさせようの会の一員なんだから……それに、アルくんはリーダーで責任者でしょ? ちゃんとしないと」


「……その、ものすごくダサいネーミングは置いて——」


「何か言った?」


「いいやなんでも……でも、こんなに早くから集まるのはなんでだ? まだジャルムさんくらいしか活動してないだろ」


 活動しているといっても、時間的には準備を始めたところくらいだろう。

 今から食堂に行ったところで、ただ調理を眺めているくらいしか出来ないはずだが。


「アルくん、忘れてるでしょ?」


 半眼となったティルナの視線が突き刺さった。


 ……なにかあったっけな?


 顎に手を当てて思い返してみるも、思い当たる節が無い。

 そうこうしていると、少女からため息が漏れだして。


「やっぱり忘れてる……あのね、私の部屋には今あの子がいるの。どうしたって一緒に行動することが多くなるし、そうしたらこうやって集まれないでしょ」


「「なるほど」」


「はぁ……」


 頭を抱えるティルナ。


「もう、ちゃんとしてよ。じゃあ、始めるよ!」


「始めるよって言ってもな……どうにか協力を得るしかないんじゃないか?」


「ふっふっふっ、甘いよレスターくん」


 ちっちっちっ、と指を振る茶髪の少女。

 彼女は両手を腰に当てると。


「もっと身近な問題があるよ」


「問題?」


 なんだろうか?


 アルはレスターと顔を見合わせる。

 しかし答えは出てこず、二人して疑問符を浮かべるばかりだ。


「もう、しっかりしてよ! 私たち、あの子の名前も知らないんだよ?」


「「あ」」


「その顔……なんで気が付かないかな」


 もはや、呆れ顔を隠せないと言わんばかりのティルナ。


 ……これはさすがに反論できないな。


 あの子とか、彼女とか、そう呼ぶばかりであの子の名前を聞いていなかった。


「たしかに……でも、あの子が答えてくれるか? 俺、まだあの子の声すら聞いたことないぞ」


「私もだよ。だからこうして相談しようとしてるんじゃない」


「とは言ってもな……同じ部屋のティルナ先輩が聞けていないのなら、僕たちでは難しくないか?」


「だから、それを相談するの!」


 ティルナの一喝によって、しばしの間アルの部屋は静かになった。

 その静寂を最初に破ったのはレスターだ。


「そもそも、彼女はなんでしゃべらないんだ? アルやティルナ先輩は声をかけたんだろう? 普通、返事くらいはするんじゃないか?」


「まあそうだよな……昨日連れ帰った時も一言もしゃべらなかったし、何か理由があるのか……?」


「うーん、どうなんだろう。私も部屋で声かけたんだけど返事してもらえなくて……頷いたり首を振ったり、反応はしてくれたんだけど、声は聞けなかったかな」


「「「うーん」」」


 全員で首を悩ませる。


 ……そもそもの話、あの歌自身も声があるわけじゃないしなぁ。


 彼女を象徴する——歌声の無い歌。

 伝承でしか知らない、精霊としか言いようのない存在を携えての歌唱。

 アルは、彼女がなぜそんなことが出来るのかすらも知らないのだ。


「結局、知っていくことしか出来ないのか」


 仲良くないのなら、仲良くなるまで。

 知らないなら、知るまで。

 シンプルな答えだ。


「まあ、そうなるよね。ただ、ここからは練習も忙しくなるし、時間がなかなか取れなくなるのが問題かな」


 公演に向けて、練習は忙しくなる一方だ。

 領主の主導の公演であって失敗は出来ないし、アル自身失敗するつもりはない。


 けれど、彼女の問題はアルの問題でもある。

 それが彼女を見出したアルの責任であり、資格だ。

 ならば——


「俺が出来るだけ彼女といるようにするよ。ただ、私生活となると難しいから、そこはティルナに頼むと思う」


「任せて!」


「レスターは俺のフォローを頼む。場合によっては練習を休むこともあるかもしれないし」


「それはいいが、大丈夫か?」


 気遣うような視線。

 だが、アルは問題ないと笑みを浮かべて。


「誰に言ってるんだ、これでも弦のナンバーツーだぞ? ……団長に彼女が滞在する話は通ってるから、結果を出せば問題ないはずだ。全部休むなんてことは無いと思うし、大丈夫だろ」


 言い終えてから、廊下へと続く扉を見つめる。


 彼女はまだ寝ているのだろうか?

 アルはあの歌に魅入られて、惚れ込んだ。そのせいか、今はやけに彼女の事が気になってしまう。

 先程まで忘れてしまっていたのは、昨日が大変だったせいだろう。

 そう、心の中で言い訳をして。


「それじゃあ、各自動こう」


「おー!」

「わかった」


 アルの声かけに、ティルナは拳を振り上げ、レスターはコクリと頷く。

 こうして、あの少女を仲間にするための活動が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る