第16話 いなくなった少女




「ごめんなさい! 少し目を離した間に居なくなってて……!」


「いや、ティルナの責任じゃない」


 息を切らしながら見上げるティルナに、アルは首を横に振った。


 元々、彼女は屋敷に滞在するのに同意したわけではない。それに、あくまでもアルがティルナに頼んで様子を見てもらっていただけだ。

 誰にも告げずに居なくなるのを想出来るはずもないため、ティルナに責任を問うのはお門違いだろう。


「……少し出掛けただけかもしれないしな。ただ、もう暗いくなってるから俺は少し辺りを回ってみるよ。ティルナは入れ違いになると困るから屋敷で待っていてくれ」


「……わかった」


「大丈夫、すぐに戻ってくる」


 泣き出してしまいそうになっていたティルナに、あえて笑みを作る。


「じゃあ、ティルナは屋敷で待っていてくれ!」


「気を付けてね!」


 少女の声を背後に、アルは街灯の灯った街並みへ走り出した。




「どこにいるんだ……?


 街灯に照らされた街で、アルは荒い息を吐き出した。


 大通りを走って。

 路地裏に顔を覗かせて。

 時には、人に訊ねて。


 しかし、彼女の情報を得ることは出来なかった。


 外套を被っていて顔が見えないというのはある。

 だが、外套で顔まで隠している人間となれば表通りでは逆に目立つだろう。

 アルもその点を踏まえた上で聞き込みをしたのだが、その成果はゼロといっても差し支えない。


「本格的に路地裏を探さないとダメか? それとも、一度屋敷に戻るか……?」


 まだそう長い時間ではないが、少し出掛けて戻ってくるには十分な時間探している。

 屋敷に近い明るい道を一通り探しきった以上、これ以上の捜索はさらに時間がかかるのは目に見えていた。


 まだ探すか? それとも、一度中断するか?


 彼女が屋敷に戻っていることは無い——アルはそう考えている。

 ティルナは、目を覚ました際にすぐ出ていこうとしたと言っていた。ならば、帰ってくる可能性は低いと見るべきだ。

 それでも、アルの脳裏に一度戻るという選択肢が浮かんでいる理由は——


「重いわけじゃないけど、探すには邪魔なんだよな」


 フリント様から頂いた楽器が原因だ。

 自分の部屋に戻る前に少女の疾走を聞いて飛び出してしまったので、そのまま持ってきてしまっていたのである。


 路地裏に入れば、相応に治安が悪くなる。それは、領主邸に近いこの近辺でも例外ではない。

 そのうえ、傍から見ても高級品だと分かる代物であれば、物取りに狙われる可能性も高いだろう。


「ちょっと待てよ……」


 ふと、アルの中に一つの可能性が浮かび上がる。


「行ってみるか?」


 ここからはそう遠くない。そのうえ、路地裏を通るリスクも最小限に抑えられる。

 だが、そこにいなかったら今日の内に見つけることはほぼ不可能だ。


 ……でも、たぶんいると思う。


 確証があるわけじゃない。

 しかし、確信に似た何かが、アルにそこへ行けと告げていた。


 アルは顔を上げると、ゆっくりと歩き始めた。

 やがて、歩みは早くなり、駆け足となって。


 楽器を担いだ少年の後姿は、暗い森の闇の中に沈んでいった。

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