第15話 レインネス辺境伯
二人の少女との食事を終え——昼過ぎ。
午前中に先触れを出していたおかげか、アルはレインネス伯への謁見が許された。
「顔を上げてくれ」
「はっ」
落ちてきた声に顔を上げる。
そうして目に入るのは、優し気な風貌をした男性だ。
ディフリント=ネル=レインネス
黄金のように輝く髪を持つ傑物である。
智も武も兼ね備えた元隣領の領主であり、国の守護者でもある彼は、アルに向かって微笑みかける。
「どうか気兼ねなくフリントと呼んでくれ。君の養父であるガルズ殿とは古くからの付き合いなんだ。当然、将来的に君とも仲良くしたいと思ってるから、呼び名は気にしないでくれてかまわない」
「では、フリント様と」
「ああ、それでいい。座ってくれ」
「はっ」
促されるままにソファに座る。
明らかに高級品と分かるそれは、アルの体を包み込むように支えてくれた。
「街があんな状態なのにすまないね。我が家の品格を問われるので、少なくとも応接室では高級品を使っているんだ」
「いえ、当然だと思います」
アルは当然とばかりに首を振る。
貴族にとって、金は一種のステータスだ。
金があればあるほど治めている地域が栄えている証明になるし、いざという時は金こそが最大の武器になる。
戦争のための武器も、政争のための武器も。
何をするにも人を動かすのには金が要る。それは、平民でも貴族でも変わらない。
「それで、用とは何かな? 公演の打ち合わせならガルズ殿と終えているはずだが?」
「それなのですが……」
アルは一呼吸入れてから口を開く。
「昨日、一人の少女を保護しました。それで、彼女を少しの間敷居に住まわせたいと思い、こうして許可をいただきに」
「ふむ……」
顎に手をやり、何か考える素振りを見せるフリント様。
その姿に、アルは息を吐いてしまう。
……本当に絵になるお人だよな。これで愛人や第二婦人の一人もいないとは考えられない。
この国は一夫多妻制が認められている。
だが、それは貴族にだけある認識で、平民には考えられない認識だ。
フリント様の考えは平民に近く、過去に妻を病気で亡くされてから独り身を貫いているらしい。
二人の息子に元々治めていた地域を任せ、この元ハイゼングルド領に拠点を置いて復興の指揮を執っている——というのが、養父から聞いた情報だ。
「ちなみに、名前は?」
「……いえ、まだ聞けていませんが」
「そうか……」
再び考える素振りを見せるフリント様。
……なんで名前を気にしたんだ?
名前を確認するとするならば、レインネス伯が探さないといけない人物がいるのだろうか?
たしかに、亡くなったハイゼングルド夫妻の子供が見つかっていないことから、国がその所在を探しているという話は聞く。
悲劇の禍根を断つためにその者を見つけ、処刑することで民に示しを付けるというのは、レインネス伯として避けては通れないことかもしれない。
彼の人柄を考えるに、嫌々だとは思うが仕方ないのだろう。
「今日の内に確認して、文を出しましょうか?」
「……いや、いい。だが、そうだな……公演準備の進捗も気になることだし、今度直接訪ねるのも良いかもしれないな」
「フリント様が直接ですか?」
「当たり前だろう? ガルズ殿から聞いていないのかい?」
そう告げられて、アルの中で合点がいった。
……そう言えば、フリント様は芸術好きだったな。
絵画にしろ、音楽にしろ。フリント様は芸術を愛する人物だと養父から聞いていた。だからこそ、話が合って友となれたのだと。
それならば、直接見たいというのも頷けるというものだ。
……まあ、レスターの胃が心配だけどな。
領主が直接視察に来ると聞いて、彼はどうなるだろうか?
自称ライバルを名乗る小心者を思い出して、アルは笑みをこぼしてしまう。
「うん? 突然笑い出してどうしたんだい?」
「いえ、フリント様が来ると聞いたら友はどうなるかと思いまして」
「アル君の友人か……それは有望な若者なのだろうな」
「いえ、それが——」
次期団長と領主の歓談は、日が傾くまで続いた。
「では、今日はありがとうございました」
「いや、私も有意義だった。また時間がある時に招待してもいいかい?」
「光栄です。ですが……」
歓談を終えて帰る間際、アルは自身の右手に握られているものを見下ろした。
「本当にいただいてもよろしいのですか?」
アルの右手に握られているのは楽器だった。
弦が張られ、弓によって音色を響かせる——アルが得意とする楽器。
入れられているケースから分かってしまう。高級品だ……アルの給金では手が出ない程に。
「いいんだ。しまっていて埃を被せるくらいなら、将来性のある君に使ってもらいたい。君は自分の楽器を持っていないのだろう?」
「それは、そうですが……」
先程、自分は楽団のものを演奏しているだけで、自分の楽器を所有していないとこぼしてしまったのが失敗だったか。
少し前の口を滑らしてしまった自分を呪って、アルは顔を引きつらせてしまう。
「本当にいいのですか? まだ自分は半人前なんですが……」
「ああ、ガルズ殿に何かを言われると思っているなら心配いらない。私から話を通しておくよ。それに、私はもう演奏は止めたんだ……理由を無くしてしまってね」
窓の外を見るフリント様の表情はどこか悲し気で。
アルは何も言えず、ただ突っ立つことしか出来なかった。
「ふっ、つい感傷に浸ってしまったな。気にしないでくれ。では、また会おう」
「はい……では、失礼します」
アルは一礼して、部屋を後にした。
そして、屋敷へと向かい歩き出す。
夕暮れに染められた街並みを歩き続けて、屋敷にたどり着く。
そして——
「——あの子がいなくなっちゃったの!」
そうティルナから告げられた時には、日は完全に沈んでいた。
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