第13話 目覚めた少女




『君は、どんな歌が好き?』


 ……ああ、これは夢だ。


 幸せで、でもそれが不幸の上で成り立っていて、それ知ってしまった時の夢。

 まだ英雄と呼ばれる前の彼女が告げた、たわいのない問いかけ。


『あははは! そっかぁ、同じだね。私も楽しい歌が好き。みんなで歌って笑い合えるような、そんな歌が好きなんだ』


 そう言って、ふっと微笑んだ彼女の横顔は美しかった。

 歌を歌いながら旅をしてきて、なぜかこの街に定住していた彼女。


 おおよそ、旅人といえる風貌ではなくて。

 金糸のような長髪は風になびいていて。

 いつも楽しそうに笑っていた笑顔は、見とれるくらいに綺麗だった。


『最近、よく聞きに来てくれるよね。こんな時間だけど、大丈夫なの?』


 酒場は満席どころじゃなく、外にまで人がいて。


『へぇ……そうなんだ。なら、最後まで聞いてくれたなら送ってあげる。だめなら、お客さんに頼もうかな』


 誰もが、彼女の歌を待ち望んでいた。


『うん、君はいいね! 君なら良い友達になってくれるかも……私と違って大人しくてね』


 そう苦笑した彼女は、誰の事を言っていたのだろうか?


 彼女が言っていた相手には、結局出会うことは出来なかった。

 その前に、あの悲劇が起きてしまったから——






「——くん」


「あ、ああ……?」


 強めのノックの音で、アルは眠っていた意識を浮上させる。。


 どうやら寝つきが良くなかったらしい。体を起こすと、わずかな頭痛に眉を寄せる。

 昨日、養父と言い争ったのが原因だろうか?

 思い至る原因に顔をしかめていると、再び扉からノックの音が響いた。


「アルくん! 起きてる?」


「ああ、いま開ける」


 重い頭を振って、扉へ。

 ノブに手をかけて扉を開ける。すると、少し息を切らしたティルナがいて。


「ご、ごめん寝てた?」


「いや、大丈夫。それで? どうしたんだ?」


 振り返って時計を見れば、時刻はまだ早朝といってもいいほどだった。

 練習をするには早いどころか、朝食にも早すぎるくらいだ。


「えっとね、あの子が目を覚ましたんだけど……」


「起きたのか?」


 一気に目が覚める。


「それで、何か言ってたのか? それとも、急に暴れ出したとか?」


 目を覚ましたら知らない場所だった……なるほど、あり得る話だ。

 そのうえ、見知らぬ人間が近くにいたのだから、驚いて暴れる可能性もあるだろう。


「いや、それはなかったんだけど……」


「うん? じゃあ、どうしたんだ?」


 要領を得ないティルナに、アルは首を傾げてしまう。

 すると、彼女は困り顔のまま。


「うーんと、直接見たもらった方が早いかな。ついて来てくれる?」


「ああ」


 歩き出すティルナに続く。


 クイントン音楽団が借りている屋敷はおおよそ西と東に二分されている。

 大まかに分類するならば、西側が男性団員の区画で、東が女性団員の区画だ。


 アルとティルナの部屋の階数は同じのため、横に移動するだけでたどり着ける。

 そうして歩いてすぐ、彼女の部屋の前にたどり着いた。


「じゃあ、入って」


「ああ」


 促されるままに、中へ。


 初めて今の彼女の部屋に入ったが、室内の形はアルの部屋と大差はないらしい。

 しかし、ベッドや音楽関係の本など、最低限のものしか置いていないアルの部屋と比べて、少女の部屋はものに溢れていた。


 まず目に入ったのは、大きなぬいぐるみだ。

 部屋の隅に鎮座するそれはティルナと変わらない大きさをしており、中が綿とはいえそれなりの重さをしてそうだ。

 そして、他にも数々のぬいぐるみが様々な場所に置かれていて、なんというか……まさしく女の子の部屋という感じである。


「こんなにぬいぐるみがあると、移動が大変じゃないか?」


 各地を転々とするクイントン音楽団だ。

 移動のたびにこれだけの荷物があると、大変だと思うのだが——


「そうなの……だから、移動の時は孤児院に寄付したりもして——って、今はそんな話してないよ!」


 ティルナからの厳しい一声。


「それよりも……ほら、彼女なんだけど」


「ああ」


 彼女の声に頷く。


 ……やっぱりか。


 先程から視界には入っていたが、想像通りというべきか。

 ティルナのベッドにちょこんと腰掛ける少女。彼女はすでに着ていたボロボロの外套を身にまとっていた。

 最低限かもしれないが、ティルナに整えられたおかげで綺麗になった白髪。それを、髪とは対照的な、淀んだ錆色の瞳をフードで隠している。


「……体調は大丈夫か?」


 ビクリと少女の体が揺れた。

 フードの奥から覗きこむような雰囲気。確かな警戒の色が感じられる。


「街で子供たちに石をぶつけられてたから、保護したんだ。怪我もしていたしな。幸い深い傷はなさそうだったけど頭にも当たっていたみたいだし、医者も呼べなかったから、少しの間ここで休んだらいいと思う」


「うんうん、それがいいよ。部屋も余ってるはずだし、私と一緒でも良かったらここでもいいから」


 警戒を解すようにゆっくりとアルが話すと、ティルナの明るい声が続いた。

 しかし、ふるふると少女は首を横に振る。


「どうしてだ? 別に金を取ろうとかも思ってないし、ここに危害を加える人間はいないから安心していいんだぞ。ただ心配なだけだ」


「そうだよ? みんな優しいから」


 少女の答えを待つ。

 しかし、いつまで待っても彼女からの返答はなく、しんとした空気だけが漂っていた。


 ……やっぱり警戒してるよな。どうすれば安心させられるかな?


 何も答えようとしない少女に、アルはどうしようかと考えを巡らせる。

 そんな時だ。


 ぐるるるるぅぅぅ……。


 突如聞こえた異音に、アルとティルナは顔を見合わせる。

 そして、音のした方向。フードを俯かせてお腹を押さえる少女を見て。


「とりあえず、食堂にいこっか」


 フードがわずかに縦に揺れた。

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