第12話 非情な言葉




「——失礼します」


「ああ、アルか」


 団長室に入ると、書類をめくっていたガルズの眼差しが上がった。


 鷹のように鋭い眼差し。

 それを素知らぬ顔で受け流し、アルは執務机の前に立つ。


「いつもそんな険しい表情をしてるから団員に怖がられるんだよ。誰かが来た時くらい眉間にしわを寄せるのは止めたほうがいいよ?」


「そうか……」


 アルに指摘され、素直に眉間を揉みしだくガルズ。


 誤解されがちではあるが、彼は基本的に温厚だ。

 音楽への熱意のあまり、練習では声を荒げたり、時には練習から追い出したりと怖がられる行動をしてしまう。

 けれど、それは集中が途切れてしまっている団員たちを鼓舞したり、一度手を止めた方がいいと判断したからにすぎない。

 優しいけれど……厳しい。それがガルズ=クイントンという人間なのである。


「それで? 呼んでるってレスターから聞いたけど……?」


「ああ、そうだな……まずはコーヒーを淹れよう。ちょっと待っててくれ」


 そう言って、ガルズが視線で示したのは団長室の端に用意されたソファだった。

 彼が立ち上がるのと同時にアルはソファへ移動し、腰を下ろす。

 そうして少しの間待てば、アルの鼻孔にコーヒーの香ばしい香りが届いた。


「そうだな……まず、何から話そうか」


 カチャリと音を立てて置かれるコーヒーと、ゆっくりとした動作でアルの対面に座るガルズ。


「アル、お前はティルナと一緒に少女を保護したそうだな?」


「ああ」


「どうして保護した?」


「路地裏で怪我してたんだよ。さすがに意識を失っている人間を無視して去るわけにはいかないだろ?」


「…………」


 腕を組み、養父はアルの説明を聞き終える。

 それから手を伸ばし、コーヒーを一口。


「……ここ連日、お前が団に加えたいと言っていた人間は保護した少女だろう? 本当に怪我をしていたからという理由以外にはないのか?」


「あるわけないだろ。そりゃあ、団に加わってくれたらとは思うけど、さすがにそれを笠に着て団に入ってくれなんて言わないさ」


「そうか、なら」


 ガルズはその鋭い眼差しをアルへと定めて。


「ある程度休ませたら帰ってもらえ」


 養父に似つかわしくない、非常な言葉を口にした。


「はぁ!? ふざげんな! 相手は怪我してんだぞ!」


「そうか、なら怪我が良くなるまではいい。だが、その後はすぐ帰ってもらえ」


「なんでだよ!?」


 あまりの言い様にアルは声を荒げてしまうが、ガルズはすました顔でコーヒーをすするだけだ。

 それが、なおさらアルを逆上させる。


「まただんまりかよ!」


「…………」


「なんでいつも説明してくれないんだ! あの子を団に加えたいって言った時も、今回も! 俺は俺なりに団が良くなるように考えて言ってるんだ! そんなに俺の考えはダメなのかよ!?」


 アルは血のつながりは無いかもしれないが、ガルズの子供だ。

 彼に配偶者はいない。ずっと一途に音楽で人々の心を救ってきた人だから。

 アル自身、そんな彼に救われてここにいて。そして、彼を継ぐ資格がある唯一の人間だという自覚もある。

 そんな人が——


「なんで困ってる人を見捨てることが出来るんだよ!? おかしいだろ! ちゃんと説明してくれよ!」


「……それがお前のためだからだ」


「意味わかんねぇよ! 俺がこの街の出身だからか!? それとも——」


 喚く途中で悟る。

 無表情な養父の目にはアルは映っていなかった。

 ただ眼差しを下にして、投げつけられている言葉を聞いているだけだ。


 自分アルを見ていない。

 それは、彼には告げた言葉を撤回する気が無いということで。


「っ————!!!!」


 耐えられなかった。

 あんな目をした養父を見てしまったということと、そんな目をさせてしまった自分自身に。


「どこに行く?」


 立ち上がり、去ろうとするアルの背後から声がかかる。


「どこでもいいだろ!」


「……後悔するぞ」


「はっ!」


 ……後悔だって?


「そんなの……もうしてるっての」


 そう言い残し、アルは団長室を後にした。






 ——バタン!


 大きな音を立てて閉められた扉を見届けて。


「もうしてる……か」


 ガルズは、天井を見上げて呟いた。


「あの子はつくづく……女神さまに好かれているのか、それとも嫌われてるのか……? 歌を切っ掛けに崩壊した街を救えるのは、また歌か……」


 皮肉な話だ。

 あの子アルの信じた道は、否応にも街の皆にあの悲劇を思い出させてしまうのだから。


「でも、傷を負うのは分かっていても、それでも突き進めるのなら……それを助けるのが親の役目か……」


 見上げたままに、目を閉じる。

 その瞑目は《めいもく》、飲む者がいなくなったコーヒーが冷めるまで続いた。

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