第11話 世界は希望に溢れている




 ——世界は希望に溢れている。


 それは光に照らされた楽団のように……

 それは差し伸べてくれた手のように……


 耳に届く旋律。街を彩る旋律。心に響く旋律。

 響き渡る音と共に人々の笑顔を取り戻させていく。


 小さな子供を笑顔に……

 気難しい青年たちを笑顔に……

 疲れ切り、下を向いた大人たちを笑顔に……


 冷たくなった人々の心は次第に温かさを宿し、その熱で氷解させていった。


 この音をもう一度……

 今度は彼女ともう一度……


 願われ、乞われ、喝采を浴びても。

 楽団は歩みを止めない。


 救いを待つ人の元へ、楽団は音楽を響かせる。

 いや、待っていたのは街自体だったのかもしれない。


 人は、人々は希望を失っていた。


 抑圧された夢が。

 抑圧された願いが。


 溜めに溜められたそれは、ただただ解放される時を待っていた。

 結局のところ、楽団は救いにはなれなかった。


 人々が救いだと、希望だと湧いていた楽団は、結局ただの一人の光だったのだ。


 だってそうだろう?


 その楽団に救われた人間は、たった一人だけだったのだから——


 ……残された街並みは、ガラクタと化したのだから。






「はぁ……」


 アルは、自分のベッドの上でため息を吐き出した。


 気分が優れない。

 あんな光景を見てしまったからだろうか? それとも、何か違う理由があるのか?


 上手く言い表せない不快感と……違和感。


 表面上ばかり綺麗に着飾って、裏ではあんな光景が横行しているという現実が、アルの心に重くのしかかっている気がして。


「なんだろうな……?」


 あの子供たちは、なんであんなことをしたのだろうか?


 悪意があるようには見えなかった。

 それならば、アルが来たとしても関係ないとばかりに石を投げていただろう。

 どころか、なんで止めるのかと反抗してもおかしくはない。


「それよりも、だな」


 子供たちの行動も問題だが、本当の問題はそこじゃない。


「彼女は、なんで抵抗しなかったんだ……?」


 子供とはいえ、石という凶器を持っていたのは分かる。

 しかし、抵抗できなかったとしても、逃げるなり助けを求めるなり出来るはず。


「はぁ、分かんないな……」


 ぐるぐる、ぐるぐると。

 考えても、考えても分からない。


 ……ひとまず、水でも飲むか。


 アルはベッドから起き上がると、腰を上げる。

 そんな時だった——ティルナが扉を開けたのは。


「アルくん」


「いや、ノックくらいしてくれよ」


「あっ、ごめん」


 そう言いつつも、するりと部屋の中に入ってくるティルナ。

 アルは水を飲みに行くのは止めにして、もう一度ベッドに腰を下ろした。


「彼女は……?」


「うん……とりあえずだいぶ汚れてたからお風呂で洗ってあげて、それから傷の手当はしたよ。石も外套の上から当たったのが幸いしたみたい。傷も痕が残るほどじゃなかった」


「そっか……今は?」


「結局目を覚まさなかったから、今は私の部屋で寝てる。とりあえずアルくんに報告をって思って」


「そうか、ありがとう」


 彼女の無事を知って、少しだけ心の重みが取り払われた気分だった。


 アルが表情を緩めると、ティルナも少しだけ頬を綻ばせる。

 けれど、その表情はすぐに暗いものに変わって。


「……彼女、だいぶ栄養状態が悪いみたい。ガリガリだったし、肌もだいぶボロボロで」


「ああ」


 あり得る話だ。

 森で垣間見た彼女の白髪もだいぶ荒れていた。


「たぶん、彼女が住んでるのは領主邸から離れたところなんだと思う。復興作業は進んでるからスラムとは言わなくても、それに近い場所もあるからな」


「そう……」


 小さく頷くティルナの表情は——暗い。

 レスターを揶揄ったりする彼女ではあるが、基本的には誰にでも優しい。それは彼女が音楽団の誰からも好かれている理由であり、街の人からも人気を得ている理由だろう。

 だからだろうか、この後の彼女の言葉は想像の通りだった。


「どうにかして、保護できないかな? 初めは公演を手伝ってもらいたいって気持ちだったけど、こうして目の当たりにしちゃうと……」


「まあ、そうだな」


 彼女には、あの少女を無視することは出来ないだろう。

 少女を保護する——それ自体は、アルも賛成だ。

 彼女に公演を手伝ってもらうという当所の目的もある。だがそれよりも、目の前の困っている人を見捨ててしまっては、アルが養父ガルズにしてもらったことを否定してしまう気がするからだ。


「わかった。俺が団長に話すよ」


「アルくん……」


「そんな顔すんなって。そりゃあ、彼女を公演に出すことは断られてるけど、団長だって怪我をしてる人を放っておけなんて言わないさ。大丈夫だよ」


 そう言って、心配そうにしているティルナに笑いかける。

 すると、ほっとした彼女の後ろ。閉まっていた扉が開いた。


「アル、いるか? ああ、ティルナ先輩も……取り込み中でしたか?」


「レスターくん……ノックくらいしようよ」


「ええ……」


 さっきの自分の行動を思い起こしてみろ——とは言えず、アルが半眼で彼女を見ていると、レスターがドア枠に肩を預けながら告げた。


「団長が呼んでる。たぶん、彼女の話だ」

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