第10話 入り組んだ街並み




 復興が進み、栄えているように見えるレインネスの表通り。

 しかし、一度路地裏に入ってしまえば、いまだ復興の手が届いていない荒れた部分が顔を見せる。

 そんな薄暗い路地裏で。


「……ずいぶん時間がかかっちゃったな」


 両手に荷物を持って、アルはため息をこぼした。

 重ねられている荷物は大量で、どうにかバランスを取らないと崩れてしまいそうだ。


「しょうがないじゃん! みんながいっぱいサービスしてくれるんだもん!」


 隣を歩くティルナから抗議の視線が刺さる。

 アルと同じように、彼女の両手にも荷物がいっぱいである。


「サービスはいいけどさ、これだけの荷物を持つ側の事も考えてくれよ」


 お互いに荷物を持っている……それはいい。

 けれど——


「俺の持ってる荷物……ティルナの二倍はあるんだけど?」


「頑張れ!」


「いや、いいけどさ……」


 体格の差がある以上、持てる荷物の上限に差があるのは当たり前だ。

 そして、彼女の身長はアルの一回り以上小さいため、その分持てる量が少ないのも理解できる。

 だけど——


「もうちょっと早く歩けない?」


 この少女、とっても進むのが遅い。

 たしかに両手に荷物を持って歩くのは危ない。けれど、ここまで遅いとなると合わせるアルが大変だ。


「貰いすぎなんだよ」


「だってぇ……せっかくみんなが善意でくれてるのに断れないじゃん。それに、この道が良くないんだよ。ひび割ればかりで歩きにくくて」


 ティルナのためいき。


「仕方ないだろ? ……領主邸の近い場所は暴動の影響が大きかったんだよ。だから、復興を進めるのにも作業が多いんだ」


 アル自身暴動の最期までいたわけではなく、途中でこの街から脱出したため直接見たわけではない。

 だが、民の憎悪を一身に浴びたのは領主だ。それだけで容易に想像がつく。


「復興を進めるのにも金が要る。むしろ、レインネス伯はよくやってると思うよ。十年やそこらでここまで復興を進めてるんだから」


 まずは目立つ場所を綺麗にする。なるほど、上手い考えだ。


 大通りを立て直せば流通網が回復する。

 馬車が通れるようになれば復興のための資材の搬入も容易くなり、作業が効率化するのは目に見えている。

 そうすれば、街は少しずつでも活気を取り戻していく。

 活気が戻れば、人々の気持ちも上へ向いていく——そう考えたのだろう。


「たぶん、レインネス伯は復興のためにかなりの金をかけてると思う。援助だけじゃなく、自分の身を切ってまで」


「へぇ……そんなことよく分かるね」


「まあ、俺もそれなりに人生経験をしてるってことだよ。誰かさんとは違って」


「む! それは誰の事を言ってるのかな……?」


 むむむ……と、目尻を吊り上げて睨みつけてくるティルナ。

 しかし悲しきかな、駄々をこねている幼子のようしか見えない。


「睨んでも怖くないからな」


「むぅ、両手が空いてれば……」


「それよりも、前見ないと転ぶぞ?」


「ふっふん! もともと前なんて見えてないんだから関係ないよ! ——っと!?」


「言わんこっちゃない」


 ぐらりと揺れるティルナの体を、アルは自身の身を差し込むことで支える。


「ご、ごめん」


「大したことじゃないよ……ティルナは軽いから」


「もう! せっかく謝ってるのに!」


 むくれる少女に軽く笑みをこぼして、視線を前へ。


 ……表通りと比べて、路地裏の復興は順調じゃなさそうだ。


 多くはないが街灯まで整備され、夜でも一定の明るさを確保している表通り。

 しかし、一度路地裏に入ってしまえば、まるで別世界のような景色が広がっている。


 光あれば影があるように。

 表が明るくなればなるほど、裏では闇が深くなっていく。


 ここでいう闇とは——記憶だ。


 悲劇の記憶。

 人々の心の奥に潜んだ暴動の記憶は、平和になればなるほど表面上は薄れていくだろう。

 けれど、奥底では確かに蠢いていて、その格差についていくことが出来ず、時が止まったかのように置いていかれる民が必ず現れる。


 ……今思えば、彼女もそうなんだろうな。


 あの諦めてしまった目はそういうことだろう。

 彼女も、あの悲劇に囚われている——そう考えれば納得もいく。


「……まあ、関係ないか」


「アルくん?」


「いや、何でもない」


 自分アルはすでにこの街から逃げ出した身だ。

 それが養父ガルズに手を差し伸べられた結果だとしても、自分でその手を取ったのだから、あまり深く干渉するわけにはいかないだろう。

 それよりも考えなくてはいけないのは、今の居場所であるクイントン音楽団を守ること。

 そして、目と鼻の先にある公演をより良くするために行動しなくてはいけない。


 ……変わるのは彼女たちだ。俺たちはあくまでも切っ掛けにすぎない。


 出しゃばり過ぎてはいけない。

 その資格はとうに、自分からは失われているのだから——


「もう少し急がないと、裏通りを越える前に暗くなるな……ティルナ、急ごう」


「ちょっと待ってよぉ!」


「しょうがないなぁ」


 アルは振り返ると、ティルナの両手に積まれた荷物を少し自分に移す。

 多少無理はしないといけないかもしれないが、街灯もない道で真っ暗になってしまうよりはマシだろう。


「えへへ、ありがとう」


「それはいいけど、急ごう——うん?」


 笑顔をこぼすティルナに背を向け、先を急ごうとする最中、アルの耳に何か物音のような音が届いた。


「どうかしたの?」


「いや、何か……」


 ……何かを投げてる? 石か?


 石と石がぶつかり合うような音。


 路地裏とはいえ、ここは領主邸に近い場所だ。

 もっと離れた場所でならまだ分かる。スラムのような場所なら争いごとなど絶えないだろうし、それならばアルはこの道を選択したティルナを止めていただろう。

 だが、ここは違う。

 一度表に出れば衛兵が警備しており、その分治安は維持されているはずなのだ。


「ティルナ、出来るだけ急ごう」


「う、うん」


 アルの雰囲気の変化を感じ取ったのだろう。彼女は少し狼狽えながらも素直に頷いてくれた。

 路地裏を抜けようと足早に歩き出す。


「……近道なんだけど、この道薄暗いのに長いから嫌になるよね」


「仕方ないさ。復旧を優先して建物を撤去しなかったんだから」


「……? どういうこと?」


「暴動で壊れた家の無事なところはそのまま使ってるってことだよ。継ぎ接ぎみたいに増築と補習を繰り返して無理やり住める場所を確保したから、裏ではすごい入り組んでる」


 ……まるで、この街の人の心を表しているみたいだ。


 表面上は綺麗に。けど、その内は酷く乱れている。

 そんな想像を口には出さず、アルは路地裏を急いだ。


 曲がり角を曲がり、少し進んではまた曲がって。


 そして、ある程度進んだところで、アルの耳に再び石がぶつかる音が届いた。

 それも、先程よりも近くで。


「あれは——?」


 視界の端——異音の正体なのだろう。アルは外套を被った人物に石をぶつける子供たちを見つける。


「くそっ、しぶといぞ!」


「でも、結構ぶつけたよ?」


 石を投げ、外套の人物の様子をうかがう子供たち。


 ……止めるべきか?


 チラリとティルナを見て逡巡する。

 ここで時間を使ってしまえば、路地裏を出る前に完全に暗くなってしまうだろう。

 衛兵が巡回する安全な街並みも、こと路地裏ではなんの役にも立たない。


 ……ティルナを送ってから? いや、そもそも首を突っ込む必要は——


 数瞬の停滞。

 その後、まずはティルナを送ってから考えようと足を進めた——その時だった。


「ぁ——」


 アルは見てしまった。

 ふらつく外套からこぼれた——白い長髪を。


「…………」


「アルくん?」


 ティルナの言葉には目もくれず、アルは子供たちの方向へ一直線に歩き出した。

 荷物を放り投げ、彼女の元へ。


「何をしてるんだ!」


「あっ、やべ……!」


 蜘蛛の子を散らすように駆け出す子供を一瞥して、ふらつく彼女へ近づいていく。


「大丈夫か?」


 問いかけても返事はない。


「いきなりどうしたの? 荷物も放り投げて……あれ?」


 遅れて追いついたティルナも正体に気が付いたのだろう。可愛らしい目が驚いたように見開かれた。

 けれど、それでも彼女からの応答はなく——


「お、おい!?」


 ふらりと揺らぐ頭が倒れこんで。

 慌てて受け止めたアルの腕の中で、少女は微動だにしなかった。

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