第6話 戻ってきて、今後の話




 クイントン音楽団は、各地を転々としながら演奏する楽団だ。

 そのため本拠地と呼べる場所はなく、レインネスの街では領主の心遣いから屋敷を貸し与えられている。

 その屋敷の一室。アルに割り振られている部屋では——


「どうすればいいと思う?」


「いや、なんで流れるような動きで部屋に付いて来てるんだよ?」


 アルはずいと顔を近づけてくるティルナに半眼で応じていた。


「レスターくん、あんなこと言ってますけど?」


「そうですね、ティルナ先輩」


「いや、レスターまで何してるんだよ……」


 目的の彼女が逃げてしまった以上、彼女の目的地など分かるわけもないアルにはどうしようもない。

 とはいえ、帰って練習する気にもなれず、こうして昼寝でもしてやろうと考えたのだが……。


「だって、アルくんだってあの子が楽団に入るのを熱望してたじゃん。さっきは団長がどうこう言っちゃったけど、私は賛成だよ」


「ああ、僕もだ。素人は何か言ってくるかもしれないが、あれは正しく歌だろう。それなら、堂々と演奏してしまえばいい。他人のいうことなんて気にする必要ないさ」


「そうは言うけど……本人がいないんじゃ意味ないだろ?」


 起き上がって抗議する。


「だいたい、団長の許可ももらえてないんだから賛成もくそもないだろ。だから俺は団長に掛け合ってたんだし」


 団長の許可を取る……それが前提だ。


 演奏の曲順、場所や時間の打ち合わせなど……団長は演奏をしない分、他の仕事を請け負っている。

 ある意味演奏するだけのアルたちとは違い、彼の仕事は演奏当日までの下準備だ。そのため、綿密なスケジュールを立てて行動しているのだ。

 彼女を入団させるということは、それに変更を強制することになる。


「正直いえば、俺も分かってるんだよ。もう公演に向けての練習も本格的になってきてる……彼女の入団が不可能に近いってことくらい」


 魅入られてしまったからこそ、口惜しい。

 だが、仕方ないのだ。

 アルに出来ることは団長に掛け合い、あの少女にコンタクトを取ること——それしかない。

 しかし、もう断られ続けて三日だ。

 それに、彼女のあの目を見てしまうと——


「二人の気持ちは嬉しいけど、もう諦めるしかないのかもしれないな……」


 自分がしてきたことは、ただ勝手に動き回っていただけで。

 だから——


「だから、みんなで考えようって言ってるんでしょ?」


「……そうは言うけどさ」


 言うだけなら簡単だ。

 でも、ティルナはそんなこと関係ないと笑みを浮かべて見せて。


「アルくんはあの子の歌がこの街を救ってくれるって思ったんでしょ? 悲しいことがあって、それがしこりのように残ってて……でも、彼女がそれを取り払ってくれるって感じたんでしょ?」


 少女の手がアルの頬を挟む。


「なら、それを信じようよ。自分を信じられなくなっちゃったら、もう誰も信じられないよ?」


 真っ直ぐに。

 アルの目を見つめて話さないティルナの赤い瞳。


「たしかに先輩の言うとおりだ……君らしくない。音楽が好きって気持ちだけで突き進んできたのが君だろう? 君が音楽だと感じたんだ。そして、それは僕たちも感じた。何を悩むことがある?」


 呆れたように息を吐き出すレスター。


 ……そうだよな。


 幼少の頃見た、クイントン音楽団の姿を思い出す。


 なにも、暗い街並みとなってしまったハイゼングルドを救っていたのは、かの英雄だけじゃない。

 彼女が活動していた時と同じ時期に、クイントン音楽団もこの街で演奏をしていたのだ。


 英雄と称された彼女とは共に活動こそしていなかったが、クイントン音楽団もまた、ハイゼングルドの街の人々の希望となっていた。

 多彩な音色が人々を魅了し、沈んでいた人々を笑顔にする。

 その光景に憧れて、夢見て、アルはここまでやってきたのだ。


「ははは、そうだったよな……俺は前に進むくらいしか取り柄が無いもんな」


「ふふっ、ようやくアルくんらしくなった」


「ありがとな」


 手を離し、ニコリと微笑むティルナに礼を告げて。


「もう大丈夫だ。レスターもありがとう」


「ふん、ライバルである君がそんな態度だと調子が狂うだけだ。勘違いするな」


「ははは、それでもありがとう」


 ふん! と鼻を鳴らしてそっぽを向くレスターに礼を告げて。


「じゃあ、三人で彼女を入団させる方法を考えよう!」


「おー!」

「おう!」


 アルの部屋に元気の良い掛け声が重なった。

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