第4話 ハイゼングルドの悲劇




 そう遠くはない過去——レインネスと呼ばれる街はハイゼングルドと呼ばれていた。


 王家に連なった血の影響か、王国で唯一王家と同じ特徴を持った血族が治める領地。

 しかし、賢王と呼ばれている王様とは違い、この街を治める人間は王とは正反対だった。


 圧政に次ぐ圧政。

 人々は苦しみ、次第に希望を失っていく。


 だが、ありふれた話ではあるけれど、この街には一人の英雄がいた。


 戦うのではなく、心を救う英雄。

 彼女は英雄と呼ばれることは嫌っていたが、それでも希望を失っていく人々のために活動をしていた。


 しかし、それもすぐに終わることとなる。


 人々の救いになればなるほど、その活動は目立つものとなるからだ。

 ほどなくして、英雄は領主の元へと連れていかれた。


 そして、悲劇が起こる——




「それがハイゼングルドの悲劇……バカな領主がバカな行動を続けた結果、民の逆鱗に触れて暴動になった事件だよ」


 森に入って。

 簡単に街の歴史について話したアルは、押し黙る二人を見て苦笑した。


 ……やっぱりそういう反応だよな。


 どこにでも悲劇というものは起こりえるが、いざ身近に感じるという事は少ない。

 先程まで明るく話していた人たちが、どんな経験をして今の生活をしているのか——知ってしまった以上は、同じように顔を合わせるのは難しいだろう。

 そして、今まで話していたアルも同様の経験をしていて。


「まあ、そういうわけだから、あまりこの話を街でするわけにいかないんだよ」


「ああ、よく分かった。すまないな話してもらって」


「うん? べつに謝ることじゃないって」


 重い空気を払拭するよために、あえて明るい表情を作る。


「俺は暴動の最中に団長に拾ってもらった。だから、団長には感謝してるんだ……まあ、彼女の入団を認めないことには納得いってないけど」


「……でも、今の話を聞いたら団長の気持ちも分かるかも」


「ティルナ?」


「だって、その子だって大変な目にあってきたわけでしょ? 団長はその子に昔の事を思い出してほしくないんじゃないかな?」


 少し言いにくそうに告げるティルナ。

 それに、レスターも頷く。


「それは……あるかもしれないな」


「レスターもか」


「まあ、君の話を聞いてしまった以上は、な」


 薄暗い森に同調するように。

 ズンと沈むような空気が、二人の顔を地面へと向けさせた。


 たしかに、二人の考えも分かる。

 だが——


「俺の考えは違うんだよ」


 そう、アルの考えは違うのだ。


「俺はさ……この街で起きた問題は、この街の人間が解決するべきだと思ってる」


 自分アルは街から逃げ出しまった——もう余所者だ。

 でも——


「彼女の歌はさ……なんかこう、この街を救ってくれる気がするんだよ」


「話していた英雄みたいに?」


「ああ、もうバカな領主はいないし、今の領主は民の皆のことを考えてるいい人だから……切っ掛けがあれば、この街は悲劇のことを乗り越えられると思うんだ」


 忘れることなんて出来ないだろう。

 でも、記憶に残ったままでも、前に進めるはずなのだ。


「二人とも彼女の歌声を見れば俺の言いたいことが分かると思う。まあ、今日もいないかもしれないけどさ」


 アルは二人に向けて笑いかけて見せる。

 すると、ようやく二人の表情にも明るさが戻ってきた。


「そっか、なら期待しちゃおっかな!」


「そうだな。ライバルである君の心を奪った歌声にも興味があるしな」


 重かった空気はすっかり霧散し、三人は森の奥へと進んでいった。

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