第3話 森へ向かう途中で




「——で、結局付いてくるのがレスターくんの可愛いところだよね!」


「うるさいですよ」


 穏やかな街並みの中を三人で歩く。


 終始楽しそうなティルナに、うんざりとしていそうでもしっかりと付いてくるレスター。

 その二人に挟まれて、アルは目的地へと向かっていた。


「そういえばさ、アルくんってこの街出身なんでしょ? どんな街だったの?」


「急にどうしたんだ?」


 突然の問いかけに、アルは隣を歩く少女に視線を落とした。

 その直後、今度は反対側から声が響く。


「それは僕も聞きたかった。今回の公演で演奏する曲は街の歴史を音楽にしたって聞いているけど、街のイメージと合わないんだ」


「そうそう、ちょっと暗い部分があるよね。最終的には明るくなっていくけど……」


 ティルナとレスター、二人の視線が突き刺さる。


 たしかに、彼女たちが言っていることは理解できた。

 音楽とは音で表現する芸術だ。団長である養父がこの街の歴史から作り上げた曲を、二人が演奏するために知ろうとする姿勢は素晴らしいともいえる。

 だが——


「……今は言えない」


「なんで?」


「この話は、この街にとっては忌避したいくらいの話なんだよ。今話せば周りの人に伝わるし、そうしたら楽団の印象は最悪になりかねない。レインネス辺境伯はそれを払拭するために俺たちの楽団に依頼したんだから、俺たちが印象を悪くするわけにはいかないだろ」


 今のところ、周囲にこの話が聞こえてしまった素振りは確認できない。

 だからこそ、この話を続けるべきではないというのがアルの判断だ。


「それよりも、あそこの肉屋のオッサンがティルナに手を振ってるけど」


「あっ、本当だ。おじさーん! 私以外に二人いるんだけどー!」


「迷子になるなよー」


「むむむ! 子ども扱いしないでよね! 私ももう十九歳なんだから! 立派なレディなんだよ!」


 そうむくれつつも、とことこと手を振っているオッサンの元へ彼女は走っていく。

 その姿を見届けて、レスターはクスリと笑みをこぼした。


「まあ、あの姿を見れば十九歳には見えないな」


「たしかにな」


 アルにティルナにレスター。

 ティルナが十九歳でアルとレスターが十八歳だ。


 クイントン音楽団では二十歳以下は三人だけで、それ以外の団員は殆どが三十を超えている。

 若手がいないことは無いが、それでも皆二十台だ。

 歳が近いからこそ仲が良いし、気兼ねない。


「君は……」


「うん?」


 控えめにこぼれた言葉。

 その声へ意識を向ければ、レスターが真っ直ぐにアルを見ていて。


「君は……自分の事は話さないな。さっきもそうだ、理由を付けて話すのを拒む」


「そういうわけじゃないんだけどな」


 たいしたことはない——と微苦笑。

 だが、彼は視線を外さない。


「君とティルナ先輩は楽団で唯一幼少から楽団に所属していて、君は団長の義理の子供だ。それなりに察することもできる。でも、僕たちはライバルだけど……仲間だろう? それでも話せないことなのか?」


「…………」


 数秒の沈黙。

 そのわずかな時間をレスターは答えだと考えたのだろう。ふんと鼻を鳴らした。


「まあ、僕からしてみれば演奏の方が大事だからな。君が殊勝な態度で聞いてくださいってお願いしてくれば聞いてやらないことも無いってことだよ」

 

「レスター……」


「お肉、サービスしてもらえたよー! どうしたの?」


 駆け足で駆け寄ってきたティルナの表情が不思議そうに傾げられる。


「なんでもないですよ。美味しそうですね」


「でしょう! おじさんの串焼き本当に美味しんだから! ほら、アルくんも」


「あ、ああ」


 半ば強引に手渡された串焼きを見下ろした。

 適度に焦げ目のついた肉に絡められたタレ。立ち昇る湯気と一緒に甘辛さと香ばしさが同時に漂っている。


「美味そうだな」


「ふっふっふっ! 私の目利きに狂いはないのだ!」


「まあ、自慢げに話してますけど……作ったのはさっきのおじさんですよね」


「そこうるさい!」


「ぐふっ!?」


 レスターがティルナの拳の二番目の被害者となった。


「ほら、食べながら歩こうよ。あっ、タレが垂れないように気を付けてね」


「ちょ、ちょっと待って……だ、ダメージが……」


「ははは……」


 いつもと変わらない笑顔のティルナ。

 痛みを堪えながらも、確かな笑顔を携えているレスター。


 そんな二人に、アルは笑みを浮かべてしまった。


「どしたの?」


「いや、なんでもない」


 串焼きを一口。

 匂いから想像がついていたけれど、やはり美味しかった。


「森に着いたらこの街について話すよ」


「…………」


「ティルナ?」


 ポカンと呆けた彼女の名を呼べば、彼女は満面の笑顔を浮かべて。


「ううん、ありがとう!」


 アルの右腕に再び抱き着いた。


「お、おい!?」


「ふっふー! お姉さんに抱き着かれるなんて役得でしょ?」


「先輩の体型じゃあまり効果が無い気が……」


「うるさい!」


「ぐぴっ……」


 レスターが三発目の拳に沈んだ。

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