第一章 ~『講義終わりの出迎え』~


 隼人の著作、『病室での密室』が発売されてから数週間が過ぎた。爆破的なヒットはしていないものの、売上は順調で、ネット販売サイトのランキングでは上位をキープしている。


「大学の講義は終わりだよね?」


 一般教養の講義を受け終えると、藤沢が声をかけてくる。口振りから、彼の本日の講義も終わったらしい。


「午後からカラオケでもどうだい?」

「悪いが予定があってな」

「相変わらず、付き合いが悪いね。本当に予定なんてあるのかい?」


 ジッと訝しげな目を向ける藤沢。誘いを断り続けてきたため疑うのも当然だ。友人をなくしたくはないため、少しだけ真実を語ることに決める。


「実はな、動物園に行くんだ」

「まさか一人でかい?」

「そこまで寂しい男じゃない。行くのは幼馴染とだ」

「君の幼馴染なら、僕も知っている人だよね?」

「桜木エリスだ。覚えているか?」

「いたなぁ、可愛かったよねー」

「まぁな」


 エリスの容姿は学校だけでなく、街でも評判になるほどに整っている。女性に目がない藤沢だ。彼女のことも当然のように把握していた。


「懐かしいよ。実は告白したこともあるんだ」

「え!」

「振られたけどね。好きな人がいるんだってさ」

「そうか……」


 もしかしたら意中の相手は自分のことかもしれない。自然と隼人の口元に笑みが浮かんでいた。


「でもエリスさんとデートか……楽しんできてね」

「満喫してくるよ」


 スマホの時刻をチェックする。約束の時間は近づいていたが、今から病院へ向かえば待ち合わせ時刻には十分に間に合う。


 慌てて荷物を片付けた隼人は講義室を飛び出そうとするが、突然に広がったざわめきで足を止める。


「綺麗……」

「あんな美人、大学にいたか?」

「見惚れるような金髪ね」


 人混みを掻き分け、騒ぎの中心になっている人物が顔を出す。もしやと思ったが、その予感は的中した。


「エリス!」


 車椅子に乗ったエリスが、隼人へと駆け寄ってくる。傍には夜月の姿もあった。


「どうして月ちゃんも一緒に?」

「久しぶりにお見舞いに顔を出したの。そしたら動物園でデートするって聞いたから、連れてきてあげたの」

「……迷惑でしたか?」


 車椅子から上目遣いでエリスは問いかける。伺うような表情には照らいが浮かんでいた。


「手間が省けて助かったよ」

「迎えに来た甲斐がありましたね」


 嬉しそうに微笑むエリスに、心臓が早鐘を打つ。彼女の笑顔にあてられて、隼人も耳まで真っ赤になっていた。


「楽しんできなさい」

「ああ」


 エリスを乗せた車椅子を押し、講義室を後にする。周囲から視線が集まるが、その足取りが止まることはなかった。

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