第一章 ~『隼人の印象』~
★桜木エリス視点★
病室に残されたエリスは竹岡が去った後も手を振るのを止めなかった。その姿に竹岡が関心を示す。
「あの男の子がエリスちゃんの好きな人か……優しい人なんだろうね」
「文句なしに優しいですよ」
「迷わず褒めるね」
「事実ですから」
エリスが隼人のことを語る時はいつも誇らしげだ。そのことに気づいたのか、竹岡はふぅと息を漏らす。
「あ~残念だ。私が入り込む余地はなさそうだね」
「ありませんよ。なにせ私は隼人くん一筋ですから」
きっぱりと断言するエリスに、竹岡は面食らう。
「本当に好きなんだね……」
「心の底から愛していますから」
「照れることなく、言い切れるんだ……すごいね……」
「隼人くん本人がいないからですよ」
竹岡は頬を掻きながら、微笑ましげに目を細める。
「想いが通じるといいね」
「無理でしょうね。なにせ伝えるつもりがありませんから……」
「どうしてだい? きっと告白は成功すると思うけど……」
幼馴染とはいえ、ほぼ毎日看病にやってくるのだ。好意がなければ間違いなく続かない。両思いなのは、ほぼ確実だ。
「私が告白すれば、きっと隼人くんは受け入れてくれるでしょうね……でも私はいつ死ぬか分かりませんから。きっとその想いは呪いになります」
「呪いか……」
ようやく恋人になれた意中の相手がこの世を去れば、残された者の心には大きな痼が残る。それを危惧していたのだ。
「隼人くんには今までも迷惑をかけてきました。例えば私の治療費もそうです。彼のご両親は私の入院費用を用意するために、多忙な毎日を過ごし、家にも帰っていないとききます。私が家族団欒の時間を奪ったんです」
「考えすぎさ。大学生くらいの男の子なら、むしろ親と離れて暮らしたいと思うものだからね。現に私がそうだった」
「でも……」
「私が言いたいのは、エリスちゃんが気に病むことはないってことさ。だからさ、仮に迷惑をかけたとしても、想いは伝えたほうが良い。なにせ人生は一度だけだ。死ぬまでにやり残したことを終わらせておいた方が悔いは残らないからね」
死が迫っているエリスに対して不謹慎だと知っていながらも、竹岡は伝えるべきことを伝える。今際の際で、彼女に後悔して欲しくなかったからだ。
「私は自分の幸福には興味がありませんから……ただ隼人くんが幸せに生きてくれるなら、それだけで満足なんです」
「彼は幸せ者だね……」
「幸せにしてもらったのは私の方が先ですから」
両親から虐待されていた頃は、死を望む毎日だった。隼人に救われ、家族の温かさを知れたからこそ、生きる意味が生まれたのだ。
「なら長生きして恩返ししないとね」
「でも私の病気は……」
「現状だと治療法はないよ。でもね、日々、医療は進歩している。最近もドイツで論文が発表されてね。まだ試験段階だが、実用化されれば、エリスちゃんの病気が治る可能性は十分にある」
「それまで私の命が保ってくれることを祈るしかありませんね」
諦観を滲ませた瞳で、窓の外を見つめる。海岸沿いを歩く隼人の姿を見つけ、エリスの口元は自然に綻ぶのだった。
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