第一章 ~『エリスの見送り』~


 エリスを連れて、隼人は病院へと帰ってきた。薬品の匂いが充満する廊下を抜けて、病室の前まで彼女を送る。


「今日はありがとうございました」

「礼を言うのは俺の方だ。感想聞かせてくれよな」

「ふふ、忖度なしにお伝えしますね」

「お手柔らかに頼むよ」


 軽口を言い合いながら病室の扉を開ける。すると、ベッドの側に置かれた丸椅子に主治医の男が腰掛けていた。


 背が高く、彫りの深い顔立ちをしている。藤沢とはタイプの異なる美青年で、知性を感じさせる銀縁眼鏡もよく似合っていた。


「無事に帰ってこれて安心したよ。楽しめたかな?」

「竹岡先生が外出を許可してくれたおかげです。充実した時間を過ごせました」

「君がリハビリを頑張ったからさ。君もそう思うだろ?」

「ええ、まぁ……」


 隼人は竹岡が苦手だった。整った容姿に、温和な性格、おまけに東大卒のお医者様だ。無意識の内に比較してしまい、劣等感を覚えてしまう。


「とても良い娘だろ。僕の患者の中でも一番だ」

「知っていますよ。幼馴染なので」

「いいね~、羨ましいよ」

「竹岡さんは幼馴染がいなかったんですか?」

「いるけど、男ばっかりだね。子供の頃はガリ勉でモテなかったから」

「いまはモテるんですよね」

「医者だからね。でも恋人はいないよ。本当に素敵な人以外とは付き合わないと決めているんだ」


 藤沢と違い、誠実な人間性だ。本来なら好意的な性格のはずだが、エリスの主治医というだけで認めることができずにいた。


(エリスを取られるのが怖いんだろうな……)


 嫉妬の理由は自覚できていた。そんな彼の心情を知ってか知らずか、竹岡とエリスは会話を交わす。笑顔の花を咲かせる二人は、美男美女のお似合いだった。


「俺はこれで失礼するよ」

「もう帰るのかい?」

「俺がいると邪魔だと思うので」

「それは僕の方こそさ。なにせ、エリスちゃんは、いつも君の話ばかりするからね。惚気話で耳にタコができそうなほどだよ」

「も、もう、意地悪しないでください」


 耳まで赤く染めながら、エリスは頬を膨らませる。その反応が竹岡の言葉を真実だと伝えていた。


(そうだよな……エリスは男のステイタスに靡くようなタイプじゃないよな……)


 嫉妬する暇があるなら、少しでも竹岡に追いつく努力をするべきだと思い直す。特に隼人には大学での勉学だけでなく、小説家としての仕事もある。エリスに釣り合う男になるためやるべきことは山積だった。


「じゃあな、エリス」

「はい。また明日、会えるのを楽しみにしていますね」

「俺もだよ」


 病室を退出する。その背中を名残惜しげにエリスが手を振り続けるのだった。


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