Death+24. 急転の世界
夢を見ていた。
顔面に三つ、出来損ないのニコちゃんマークを思わせる穴の空いた、光る人型のモヤみたいなものがこちらを見ている。
ニタニタ笑いながら不気味に近づいてくるそいつを殴ったり蹴ったりしてみるが、手応えも何もなくすり抜けていくだけで、そいつが近づいてくるのは止められない。
後ろに下がってみても、見えない壁みたいなもので四方を囲まれていて、オレの逃げ場は最初から用意されてないみたいだった。
そいつはオレに手を伸ばして、オレの口から、鼻から、耳から、目から、体の中に侵入する。一挙に身体中に鳥肌が立って、怖気がかけめぐる。
うわあ、と、声にならない叫びをあげることしか出来ないまま、オレはそのまま身体にわずかな分銅でもぶらさがったような、ちょっとした重い感覚を味わったかと思うと。一転、世界の様子が急変した。
オレの周りを、無数の女たちが取り囲んでいた。
そいつらは全員が全員、恐ろしいまでの美貌を備えた、この世ならぬ女であって。
その中の何人かに、オレは見覚えがあった。そいつらはひょんなことからオレの生活の一部になっちまった、死神たちの姿だったことを思い出す。
そいつら以外にもオレの知らない顔ぶれが立ち並んで、オレの事を四方八方からじいっと、品定めするみたいに眺めているようだった。
やがてそいつらは誰ともなく動き出し、それに合わせてドミノ倒しが崩落するみたいに、一斉にオレの身体に群がってきた。
きゃいきゃいと黄色い声を上げて騒ぎながら、オレの指を、腕を、肩を、腰を、首を、胸を、両の足を、頭を、全身を隙間なく我先にとべたべた触ってくる。
無数に押し寄せて来る生々しい暖かな肉体の感覚に、思わず意識が飛びかける。柔らかい。気持ちが良い。抵抗なんてとっくに出来ない状態に一瞬で持ち込まれたオレは、否応なくそれを受け入れていた。
ふと視線を下げるとオレの胸元に、一人の女が抱きついているのに気が付いた。そいつの顔は、髪型は、何よりもしっかり覚えている。
それははっきりとした実在感を持って、おずおずとオレに整った可愛らしい顔を向けながら、甘く蕩けるような、媚びるような、聞き慣れた声で囁いた。
『幸長、くん───♡』
オレはその言葉を耳の端でとらえたのを最後に、ついに意識を失った。
───
──────
─────────
「はっ」
カーテンの隙間から差し込むとっくに明けた空が照らし出す、見慣れたオレの部屋が見えたのはその直後だった。
視界いっぱいに広がる光景に困惑しながら、オレは自分の手を見る。握る。閉じる。握る。閉じる。これがどうやら現実らしいことを認めると、オレはようやくさっきのが夢だった事に気が付いた。
───やけにリアルな夢だったな。
もう記憶からは順繰りに消えつつある鮮明な光景を思い浮かべたあとで、オレはぶるぶると顔を振り、高鳴る胸だけを残して忘却の彼方に追いやろうとする。
くそ。寝る前に変な事されたからだ。現実の記憶を辿りながら、オレは雑念を振り払うがごとく棚に置かれたデジタル時計に目をやる。
8時ジャスト。普段学校に行くには早めの時間だ。もう少し眠ってても良かったな。何しろこちとら二日連続で寝不足だ。脳の血管切れて死んだらシャレになんねえ。
しかし無駄にドキドキ言っている心臓がオレに二度寝を許さない。高二が始まってからこっち修練の足りなさばかりが思い出されて情けねえ。
仕方ねえから起きるとしよう。そういう風に現実への集中を決め込んで起き上がると、そこで初めて違和感に気がついた。
普段より早い時間にしては、どうにも階下が騒がしいような。オレが確かめに部屋のノブを開けようとすると、先んじてドアは廊下の方から勢いよく開かれた。
それは雪乃だった。普段は大人しい妹がはあはあ息を切らせながらノックもせずに入って来るのが普通でないと認識するより前に、切羽詰まった表情で雪乃は叫ぶように言った。
「兄ちゃん、大変……!!」
「落ち着けよ、怖い夢でも見たか?」
「いいからテレビ見て!!」
ただならぬ予感にオレは往生際悪く後頭部に残っていた眠気を吹き飛ばし、弾け飛んでいくゴム鞠のように階下の居間に戻っていく雪乃を追って階段を降りた。
そこには既に深刻きわまりない表情でテレビを見つめている母親がいて、オレはその横からしきりにそれが告げている内容を垣間見た。
『───速報です。日本上空に突如として巨大な隕石が迫っているとの情報が入りました。専門家によればこれが直撃すれば日本全土、ひいては世界中に壊滅的な被害を与えると───』
『たった今入った情報です!隕石の予想落下地点は日本の××地方○○県
『近隣住民は今すぐに出来るだけ離れた場所へ避難を───』
「───は?」
オレの間の抜けた声だけが、緊張で張り詰める居間の中に響いた。
続いて反射的に、急ぎ居間のカーテンを開ける。そんなワケがない。
あとたったの1時間で、そんなことになるワケがない。
窓を開けて、ベランダに出て、空を見上げると、そこには。
冗談みたいに馬鹿でかい天体が、白んだシルエットで、良く出来た絵画のように浮かび上がっていた。
「はああああああああああああああああ!?」
住宅街中に、オレの絶叫が鋭く鳴りわたった。
Death+0.
轢死 : 5
落死 : 2
溺死 : 1
呪死 : 2
Total : 10
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