Death+23. 冥府の沙汰

常世エレボス様の穏やかな語調はワタシたちにとっても特有の安心感が有ル。

その理由は言うまでも無く、死神にとっても親同然であるからダ。

生ある限り、死が存在すル。その最期を看取る為に、我々は生まれて来たのだかラ。

断崖フォールと比べてもずっと巨大な、包み込むようなその御姿を見上げながら、ワタシらは彼女の言葉を粛々と待っていタ。


「皆さんを呼んだ理由は他でもありません。まずは、この子を見て頂けますか?」


彼女が玉座でそう言いながら黒衣の懐中から取り出したのは、ぼんやりと頼りない光を上げて漂う一人分の魂だっタ。

冥府の中ならば呆れ返るほどに目にする、どこにでもある普通の魂。それでもその波長を見て、ワタシたちはすぐに合点すル。

その魂は、さっき観測したばかりノ。ユキナガが人の身で昇天させた、悪霊だったものの魂に他ならなかっタ。


「皆さんがご存知の通り、運命ドゥームで悪霊化してしまった我が子は、この冥府を訪れること叶いません。……ですが、この子は先程この地に送られて来ました。どの死神の助けを借りることもなく。流石の私も驚きの余りひっくり返ってしまいましたよ。お陰で卓を倒し門番の二人に怒られてしまって……ま、まあ、それはいいのですが……」


常世エレボス様は魂を愛おしげに撫でたのち、その手を掲げつつ、ワタシたちをその真紅の瞳でもって順繰りに眺めていった。


「───何故、この子は魂に戻れたのでしょうか?そして悪霊により死したあの人の子を、どうしてカースちゃんは還したのですか?……そこをお聞きしたく、こうして集まって頂いたのです」


場に僅かな緊張が迸ル。口調はごく穏やかであったとは言え、やはりその本質は秩序を重んじる神のそれそのものダ。

死神の絶対法則……"運命ドゥームを直接の原因とするものでない生死に、死神は干渉してはならない"。

現世とは紛れもなく、生者の為のものに他ならなイ。ワタシはそれをよく知りながら、その禁忌に触れる様な行いをしたのは確かダ。

それを定めた法律者として、果ての世界にて全ての死者を庇護する権利者としテ。ワタシを見据えるその瞳の奥には、悪事を働いた子を叱る母親のような諭し宥める非難の光が滲んでいたようだったが、ワタシはそれに臆さず粛然と解答すル。


「恐れながら常世エレボス様。ワタシたちはあのユキナガという人間が、そこな悪霊の運命を飲み込んでしまったのだと思われまス」

「……詳しく、お聞かせ下さいますか」


身を乗り出した常世エレボス様に、ワタシたちはあの夜の顛末すべてを奏上すル。

異常なまでの運命を持った、ユキナガと言う男の事。生霊レイスによって死んだ事。更になことに、悪霊に憑かれていたのは、その男の友であった事。


「幸長という者の運命ドゥームの大きさは、常軌を逸しております。あれほどのものを持ちながら、それでも人間性を保っている。かような精神力の持ち主は、そうそう居ないものかと」

「ユキナガは、こうも言っておりましタ」


ワタシは過去視の魔術を虚空に投影し、ユキナガの発したあの言葉を常世エレボス様に御見せしタ。


『───!!』


それはユキナガが、他人の被った不運すら己のものにしようとした決意の証。

他者の災難をも自己の不運の範疇に納め、自分で死すらも選ばんとする行イ。……これが何を意味するか、分からない常世エレボス様ではあるまイ。


「……カースちゃんとフォールちゃんがそれほどまでに言うのなら、確かに真実なのでしょうね」


死んだように神聖な白い五指を顎に添えてしばし撫でさすりながら、検分するようにその映像を解釈するだけの時間をおいて、しばし天を仰いでから彼女は口を開いタ。


「なるほど、なるほど。自分の幸福のために艱難辛苦を厭わない。動機こそ利己的でありながら、その結果は利他的でもある。……倒錯、しています。そのような、人の子など───」


常世エレボス様はそこでふう、と息を吐き出し、言葉を途切れさセ。

美しき瞳を伏し目がちに地に落としたのち、何やら深刻な思案を浮かべる面持ちをひとつしタ。

やがてゆっくりと頭をあげて、この上なく真剣な、刺すが如き炯々たる視線をワタシたちに向けル。

石膏のような白さの、うなだれていたその御尊顔の上には、わずかな紅潮が浮かべられていテ。


「───すごく、推せますね♡」

「分かル」


もじもじと両足を動かし、両の手を頬に添えてそう言った彼女に呼応する様に、ワタシたちはその言葉に、四人合わせて首肯していタ。


「でしょー!?エレ様ならわかってくれると思った~!」

「どー?た、んきょ。ひ!」

「神前で喧しいぞ、お前ら。だがエレボス殿、流石に見る目がある」

「ああ、なんと愛おしい……♡人の子というだけで永久に私が甘やかして差し上げますのに……!憎き鄙俗な悪魔の呪いに見舞われたばかりに、こんなかっこいい生き方をするしかなかったのでしょうか……♡……ああ、御免なさい。私が十分に祝福あいしてあげられず、御免なさい……!魔王を滅ぼせないダメ神様で御免なさい……!」


常世エレボス様はそう仰いながら、さめざめと泣き出してしまわれタ。───運命ドゥーム、かの呪いを最も恨んでおられるのはかの御方を置いて他に無イ。

全ての魂は生まれるときに、彼女から等量の祝福ラックという幸運を与えられ送り出されル。それは万人が思いがけず拾い上げられる好転の兆シ。それがあるから人間は、誰もがささやかな幸運を見つけられる人生を、本来ならば謳歌出来る筈なのダ。

だが、それを邪魔するのが悪魔共、ひいては魔王。常世エレボス様を初めとした我々が血道を上げても見つからぬ、魔界に隠れた"堕ちた神"。

奴等は常世エレボス様同様に、現世に直接の介入は出来なイ。だが神を憎む奴等は、現世に送り出されてくる魂に呪いを媒介する事で世界を害さんとするのダ。

それこそが、運命ドゥーム。突如として人間に降り注ぐ災難。

それは各々の人間に「思いがけない悪い出来事」として発現し、人生を世界ごと悪転させる最悪の呪イ。

祝福ラックは等量だが、運命ドゥームは無差別の濃淡を持ツ。故に現世には、全く不運でない人間と運の悪い人間という差が生まれちまっタ。

通常の因果関係では説明の付かない事象による幸運や不運こそ、祝福ラックであり運命ドゥームの本質。

運命ドゥームで死んだ者こそが特例たる"生き還し"の対象者であり、最悪の場合は悪霊に成ってしまウ。そうなりゃ手に負えン。我が子が帰らぬ人となる気持ちは、どれほどまでに悲愴なものだろうか、想像もつかねエ。

ワタシたち死神は死期および死者の魂を感知できるが、それはあくまで因果律に則った死期ダ。ありえない理由で不意に死した者は、死期が分かっているのに比べりゃ対処が遅れちまう事もあル。

故にこそ、運命ドゥームの強い者は注意深くマークしておく必要があリ───その比肩するものの無いほど最たる例が、玉座の間にて今まさに映し出されている、ユキナガという男だっタ。


「この子が無事に冥府に辿り着いた暁には軽く100年ほど、どろっどろのぐっちゃぐちゃに甘えさせてあげないと割に合いませんね……♡特別扱いは本当はいけないのですが……でも、仕方がありませんよね?私の胸の中でばぶばぶして頂いて……♡♡ず~っと、蕩けてしまうまでよしよし祝福確定です……♡♡♡」

「ちょ!?それはなし!せめて10年!」

「しょっ、け!んら?んよー。」


目を閉じて夢想するように、母性を溢れ出させながら独りごちる。常世エレボス様がこのように取り乱されるのを見るのはワタシも初めてダ。気持ちは痛いほど分かるが、それにしてもなかなか面白イ。

我ながら性格の悪いことに、ニヤニヤとした笑みがこぼれちまっていた様ダ。恐れ多くもそんな風に造物主を眺めているワタシの様子に気付いたか、彼女ははっと我に返ると、恥じらうような仕草と共にひとつ咳払いをしタ。


「ごほん。……大方の事情は、分かりました。他の子の運命まで吸ってしまった、ということ。カースちゃんがあの子を還した理由も。それなら確かに、彼ならば───もしかするかもしれませんね」


彼女はそう語りかけると、改めて麗しき瞳でワタシたちを見る。その眼差しは紛れもなく、眼前のものを見定めるがごとき神の視線に他ならズ。


「……聞くまでもありませんが。貴女たちは如何でしょう。……あの子のこと、最期まで看取る覚悟はありますか?」

「もちろんっ!」

「無論だ」

「おおーっ!!」

「言うまでも無えでしょウ」


ワタシたちはそんな問いかけが来るのを予見していたように、食い気味に一斉に答えル。

その言葉を聞いた常世エレボス様は、満足そうに瞳を閉じて、優しげな声色で一言だけ呟キ。


「では、決まりですね」


再び瞳を大きく開くと共に、その顔から柔和な笑みを解きながラ。現世と常世の絶対の神として、かような宣言を齎しタ。


「”轢死”車輪のトーラス。”落死”断崖のフォール。”溺死”水辺のルサール。”呪死”祝詞のカース。その他全ての、現世にて死を導く責を負う死神に、”生死”常世のエレボスの名において命じる」

「"人間、京崎幸長───その生命が、寿命を除くいかなる理由の死を迎えようとも、全ての死神はこの者を還すこと"───!」


神の言葉には従わねばならなイ。死神に対する絶対法則が、これで新たに神の名の下に書き加えられた事になル。

ユキナガはこの瞬間から、どんな理由があったとしてもその人生を全うする事が、神により許される事となったのダ。

その先には、果てしない不運の道程が待つだろウ。だが、こうでもしなければ、ユキナガをあの時還した道理が無くなってしまウ。

当人がそれを望んでいるのダ。その様にして生きる、生き続けていく、などと───神にすら、その啖呵により、その生き様を認めさせてしまったのダ。

それよりも、何よりモ。

「あの男ならば、言葉通りの人生を、遂げられるかもしれなイ」。

そんな確信を、この場にいる全員が心の内に燦然と輝かせていたのは、紛れも無い事実だっタ。


「では、行ってよろしいですよ。皆さん。……向こうは早速、何やら大変なことになっているみたいですし」

「えっ!?またぁ!?」

「……ただでさえ強い運命ドゥームに、悪霊化する程の魂の呪いが加わったとなれば、な」

「し!ごと、おお?すぎ。」

「仕方ねえヤツ!」


常世エレボス様の言葉に素っ頓狂な声を上げる車輪トーラス、納得したように頷く断崖フォール、文句を垂れる水辺ルサール、ワタシを含め四者四様の反応を見せつつも、死神は現世へ舞い戻る。

現世と常世の往来は、水中から陸地に上がるようなものダ。ワタシたちは軽い別れの言葉を交わしてから、再びユキナガの待つ場所へと帰還していっタ。


───

──────

─────────


「ふう……さて、どうなる事でしょうか」


そんな風な独り言を言いながら、一人残された玉座の間で憂いを帯びた顔を浮かべるエレボス様の様子を、私は今まさに扉の隙間からこっそり伺ってる最中でした。

───申し遅れました。まず私、近衛このえのメズは死神じゃありません。横のどっか抜けてる近衛のゴズと二人で、この門の守護を任されてる者っす。神っちゃ神なんすけどね。一応。

基本的な仕事はふたつ。ひとつは勿論玉座の間に繋がるこの門をきっかり閉ざして、その先に繋がる冥府に来るべきじゃないものが入ってこないよう見張ってます。

門のすぐ前を流れてる長い河、これは人間界と繋がる出入り口と境界を兼ねていて、死んだ人間さんとこれから生まれる人間さんの魂は渡守のカローンの船に山ほど乗せられて現世あっち常世こっちを行き来します。私らはこの門を開けるだけって寸法。簡単なお仕事っす。ちなみに死神さんたちは無視して渡るんでカローンはうっすら死神が嫌いっぽいです。これオフレコで。

もうひとつの仕事は、あのお方の遊び相手になったげる事っすね。そもそもヒマな仕事なんで感覚的にはボッ立ちの警備員なんすけど、それにしても毎日のように呼び出してくるのはどうかと思います。一番やる事ありそうな造物主様までヒマな事ありますかね?立つ瀬がないっす。まあ瀬に立ってるんすけどね私ら。ヒヒヒ。

ここ1000年ぐらいは人間さんが作った遊びをやってますけど、とにかく勝負ごと弱いんですよねあのひと。そのくせ負けず嫌いだし強情だし。

カローンは愛想も付き合いも労働環境も悪いし、死神さんたちは忙しがちだから冥府にいる事は少ないんで、ほぼ毎回3人ゲームなんすよねえ。なんで人間さんのゲームって4人用が殆どなんすか?縁起悪いっす!

人間さんの魂とやればいいんじゃないかって?ヒヒッ、愚問っすね。あの方人間さんにゲロ甘なんで絶対自分から勝たせに行っちゃうから話になんないっす。手加減しなくても負けますけど。

そうこうしてると扉から覗いてるのがバレました。神様に手招きして呼ばれたからには行かないわけにはいきません。あ〜あ、門番の辛いとこっすね、これ。


「ゴズちゃん、メズちゃん、仕事も終わりましたし次はこっちのボドゲやりませんか?」

「それ前もやってボロ負けしてたじゃないっすか。また最大騎士力ラージェストだけの4点で終わりたいんすか?」

「エレボス様チャンスカードしか引かないからねぇ〜。ほんとぉに勝つ気あるぅ?」

「うるさいですねー!やってみないと分からないじゃないですか!?」


なるべくゲームの話から気を逸らせるように、私は別の話題に切り替える作戦に舵をとることにしました。

何のお話でも良かったんすけど、ついさっき話していたことの方がいいでしょう。ちょうど気になってた事もありますし。

そういうわけで私はちょっと真面目なふりをしながら、エレボス様にこんな質問をしてみました。


「さっきのお話、聞こえちゃったんすけど。本気っすか、人間がほかの運命ドゥームを背負いながら生きるなんて」

「わたしは無理だと思うなぁ〜」

「あら、そのお話ですか。……まあ、貴女がたの不安も分かります。期待も込めて、でもありますよ。折れてしまうなら仕方ありません。その時は遠慮なく、私の元に甘えに来れば良いのですから」


よしよし、うまくそっちを話してくれる方向に行ってくれるっぽいっすね。

そんなことを考えていると、神様は何やら真剣な面持ちをしだして、私らに向かって文字通り神妙に語り始めました。


「……けれど、確かに遂げた者はおりました。他者の運命までもを自分のものとして救いながら、自らの人生までもを全うしてのけた、健気な人の子が」


そういえば、ちょっと気になったとはいえ、エレボス様と真面目な話をするのは久しぶりっすね。

な~んて物珍しさを感じたもんですから、私はわりと真剣めにその話に付き合ってあげてもいいな、と思い直し、姿勢を正してあげることにしたわけっす。


「へえ、そんな人がいたんすね?あんまり気にした事なかったっす」

「私もぉ〜!」

「……ゴズちゃん、メズちゃん。私たち死神が、そういう子らを、なんと呼んでいるかご存知ですか?」


ふるふると、二人合わせて首を振ると。

神様はどこか遠い目をしながら、まるで独り言のように。

ぼそりと一言だけ、こう呟きました。


──────救世主、と。


「あの子は2000年ぶりに、もしかしたら。多くの人の子をその運命にて、人知れず救うのかも知れませんよ?」


エレボス様が宙を見上げる。それはここではない現世どこかを見るような、眺めるような優しい瞳で。

どこかの誰かに向かって、確かにこう告げました。


「頑張って下さいね、幸長くん───私は、草葉の陰から見守っております♡」

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