Death+16. 密室の攻略

「……着いた……!」


紆余曲折、つまるところ一度人生が終わって始まる経験を経たものの、やはりオレたちは拍子抜けするほどの早さで目当ての更科邸の前に辿り着いていた。

夜も更けきった路地に灯った最低限歩くのに必要な程度の明かりを頼りに表札をあらため、記憶の姿と照らし合わせる。ここで間違いねえ。

どうしてオレが更科の家を知っているのかについては長い友だち付き合いの範疇としか言えねえからここは詳細を省く。まあ下校時の他愛ない話のやめ時が分からなくなっていつの間にか着いて行っちまってたり、たまたま夜遅い帰宅になったから送って行ったり、そういう些細なイベントの積み重ねでいつの間にか覚えてちまってたワケだ。

雲ひとつない真っ暗な晴天の下で、月明かりに浮き彫りにされた灯りの付いていない家々はまるで無機質な墓標みたいな一種のおぞましさを感じさせる。その中でも目の前の更科の家はなんだか一際不気味に見えて、今にも襲いかかってきそうな不可解な威圧感をかもし出しているようだった。

そいつが悪霊の仕業なのか、あるいは呪いなんて超現実的な与太話を信じきって真夜中にこんな所まで来ちまったオレの頭がそういう錯乱を起こしてるだけなのかは知るよしもなかったが、目指した場所は確かにゲームに出てくるラスト・ダンジョンよろしく眼の前で高くそびえていた。


「うーわ、マジでいんじゃん……殺気ビリビリ来てんだけど」

「おっ!か。ねー」

「あの部屋だな」


自転車に跨って茫然としていたオレを尻目に死神どもは悪霊に対する敵意だろうか、警戒が膨れ上がったのが手に取るようにわかる。さっきからオレの背中にぎゅうと抱きついているトーラスの身体がぴくりと緊張して身震いするのを感じる。……色んな意味で驚くから、やめてほしいもんだ。会話から察するに、悪霊の気配ぐらいはカースでなくても分かるんだろう。

二階の窓に指をさしている死神たちのジェスチャーを見て、更科の部屋はあそこにあるんだな、なんて呑気なことに思い至ってようやく、オレは致命的なミスに気が付いた。

しまった───よくよく考えたら、どうやって更科の家に入ればいいんだ?

まさかこの時間からインターホンを鳴らす訳にゃ行かねえ。眠い目擦った更科が出て「どちら様ですか?」「京崎です」そんなんしでかした瞬間に終了ボタンのついでに110番押されても文句は言えねえ。

なら電話するか?……やってる事は同じだろ!こうして当事者になって考えれば考えるほど、心の優しい更科があんな呪いの電話よこしてくるハズがないなんて当たり前のコトをまざまざと思い知らされるみたいでイヤになる。まったく間抜けな死に方したもんだぜ。

だが、死ななきゃカースに会えなかったし、カースに会えなきゃ更科はそのまま、オレの知らねえうちに死んでたなんて思うとぞっとする。運が良いのか悪いのか、人間万事塞翁が馬、そんなコトワザはうんざりするほど聞き飽きたが、こういう時に自分の運命を嘆くべきかどうかわからねえもんだ。


さて、どうしたもんか。何も考えずに来ちまったなァ、と脳内で独りごちながら更科の家に視線を戻すと、どうも様子がおかしい。

気のせいか。玄関のヒサシが目の高さにある。さっき見上げてるほどの高さだった二階の窓も心なしか低い。……いや、これは。


「うわあっ!?オレが浮いてんのか!?」

「これが早かろう。直接乗り込むぞ」


直立不動の姿勢のままで、オレはひとりでに浮き上がっていた。ちょっと意識が逸れただけで気付かないぐらいの、まるで透明なエレベーターに乗ってるみたいな緩やかな上昇。

子供の頃に夢で想像してたようなカワイイ空中浮遊のイメージとはぜんぜん違う。水中にいるみたいなふわふわした感覚とか、ジェットコースターに乗ったみたいな心臓が裏返るような緊迫感みたいなものは一切ない。上に登っていく動く歩道があるとしたら、丁度こんな感じなんだろう。正直地味だ。なんとなく夢がねえ。

さっき聞いたばっかのフォールの権能、こんなに早く実体験することになるとは。周りに誰もいねえ時間だから助かった。気づくとオレはさっきトーラス達が指さしていた、白いレースの刺繍のされたカーテンが引かれた更科の部屋の窓の目の前まで来ていた。……って。


「待て待て!お前ら勝手に入るつもりかよ!?」

「え~っ?他に方法なくない?」

「じゅー。きょしん、にゅーざい!」

「あの娘がどうなっても良いのカ?」

「苦しめてる側のセリフじゃねえか」


……コイツら。やっぱり人間の感覚からすると、どっかおかしいな。だが、今回ばかりは言う通りらしいのは何となく分かる。

事実として窓の内側じゃ、さっき家の前で感じた重苦しい不気味な空気が濃くなっている気がした。まるで重いものが内臓に直接のしかかってくるみたいな不快感と、背中を冷たく刺すような緊張感。オレはこういう気配にどこか覚えがある……ああ、思い出した。空手の組手なんかで達人と闘るとき、相手の間合いに入った瞬間のイヤな感覚───凄まじいまでの気迫、殺気だ。

どうやらホントに迷ってる場合じゃねえ。だが、どうにも気が引ける。なんて、オレのかすかな良心が腹を据えかねているうちにも死神どもは動きを止めない。


「車輪の、鍵を回せ」

「おけまる~っ☆」

「おー!ぷんせ。さみ?」

「あっコイツら!」


トーラスが素早く内側の鍵に向かって手をかざすと、ひとりでに窓の鍵が音もなく回って密閉をほどく。

ここまで来ちまったらしょうがねえ。オレはヒサシの上で靴を脱いでおいて、窓を静かに開ける。水の中に飛び込むときみたいにすうと息を吸い込んで、禍々しい空気の渦巻いている更科の部屋の中へ一気に転がり込んだ。



Death+0.

轢死 : 4

落死 : 1

溺死 : 1

呪死 : 1

Total : 7

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る